≫ EDIT

タイトルに「雨」のある唄特集−国内編

 数日前から、ようやく晴れ間の見られるようになった北海道ですが、今日はこの前の続き、雨の唄の特集です。

 日本語の唄で雨と入るもので、ぼくが真っ先に思い浮かべるのは、シュガーベイブの「雨は手のひらにいっぱい」だ。



 山下達郎の唄には、雨に関する名曲が多いと思う。たとえば「スプリンクラー」なんかも名曲中の名曲。

 タイトルに雨は入らないけれど「さよなら夏の日」でも雨という言葉が、実に効果的に使われている。



 未だに鮮度の落ちない「雨にぬれながら、ぼくらは大人になっていくよ」というフレーズのすごさ。
 この曲は晩夏に聴くと、今でも胸がキュンとする。

SONGSSONGS
SUGAR BABE


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 山下達郎、大貫妙子が在籍していたことで知られるシュガーベイブの「SONGS」は、日本のポップスの屈指の名盤だ。このアルバムの素晴らしさも、リリースから30年以上が経過しても変わることがない。


 次は佐野元春の「レインガール」。



 2000年に行われた20周年記念ライブからの映像だが、オリジナルとは異なるワルツバージョンでプレイされた「レイン・ガール」はエンディングもお茶目。「キミと踊りたい」ではなく「キミと少しだけ踊りたい」と唄うあたりに、佐野元春らしいセンスを感じる。

 そういえば、とあるインタビューで「レインガール」は山下達郎の「高気圧ガール」へのアンサーソングだったという話を読んだことがある。


 雨といえば、個人的に忘れられない唄が、ギター好きでも知られる野口五郎の「オレンジの雨」だ。



 この曲がリリースされたのは1973年。ぼくは小学5年生で、買ってもらったばかりの自分用のラジオで「オレンジの雨」をよく聴いた。ちょうど、音楽というものを自分の好みで、意識的に聴き始めた頃だった思う。
 未だに雨の日に「おーれんじのあーめーのなかぁー、ぬうれてるうー」と口ずさんでしまうから、幼い頃の記憶というのはおそろしいものだ。


 最後はこの曲。松任谷由実の「雨のステイション」。



 たぶん、これまでブログに松任谷由実のことを書いたことはないと思うけれど、実はかなり好きです。
 特に荒井由実時代のアルバムが好きで、あのころのちょっとせつない唄がたまらない。この「雨のスティション」あたりは、せつない唄の筆頭格ですな。

 この曲が収録されているアルバム「COBALT HOUR」も名盤。

COBALT HOURCOBALT HOUR
荒井由実 松任谷正隆


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 このアルバムも「SONGS」と同じく、今から30年以上も前にリリースされたにも関わらず、未だに鮮度が落ちない。
 当時、21歳だった荒井由実の感性もすごいと思うけれど、バックを固める細野晴臣、林立夫、鈴木茂のティンパンアレーのプレイも素晴らしく、松任谷正隆のアレンジも秀逸。
 せつない曲ではないけれど「CHINESE SOUP」あたりを聴けば、このユニットのすごさがよーく分かると思う。

| BEATな話題 | 23:34 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

タイトルに「雨」のある唄特集−海外編

 ぼくの住んでいる北海道には梅雨がないといわれている。
 そして、6月は1年のなかで最も過ごしやすい時期のはずなのだが、このところ数週間に渡って、すっきりしない天気が続いている。雨やくもりの日が多くて、晴れ間を見た記憶がほとんどないのだ。
 「蝦夷梅雨」という言葉もあるくらいだから、北海道でもこの時期に雨が降り続くことは珍しくない。でも、この長さは少々異常だ。そういえば、この冬は雪がやけに少なかった。これも地球温暖化の影響だろうか?

 こんな天気が続くと「晴れてくれ!」というのは切実な願いになってくるけれど、開き直って、ぼくが好きな雨の唄の紹介でもしてみよう。

 まずはクリデンス・クリアウォーター・リバイバル、通称CCRの「雨を見たかい」。



 個人的には雨の唄の大定番と思っていた曲。しかし、ここで唄われている雨が、実は雨ではないと知ったのは、数年前のことだ。

 サビの歌詞は「オレは知りたい。キミが天気の良い日に降る雨を見たことがあるのかを」というような意味。もちろん、たまに見ることのある晴れているのに降ってくる雨と考えることもできるが、この唄がリリースされた1970年代初頭はベトナム戦争が激しかった時期である。
 二番ででてくる「Sun is cold and rain is hot」というフレーズからも分かるように、ここでの「雨」は「ナパーム弾」のことで、ベトナム戦争で大量に使用された爆弾が空から降ってくる様子を表しているらしい。
 つまり「雨を見たかい」は「爆弾を見たかい」という意味がこめられたプロテストソングで、アメリカでは放送禁止になった。

 とはいえ、この曲が雨というフレーズがでてくる名曲ってことに変わりはない。
 コードも意外に簡単なので、弾き語りのレパートリーの1曲に入れておくのもいいかもしれない。実は、ぼくも酔っ払った時に、アコギでコードをかきならして唄っちゃう1曲です。


 次はレッド・ツェッペリンの「レイン・ソング」。



 ライブでもレコードの音の中にある美しい幽玄さが感じられるのは、曲そのものが素晴らしいからだろう。ポジティブな内容の歌詞も、これまた素晴らしい。
 梅雨時というよりも、春先のやさしくそぼ降る雨の日に聴きたい曲だが、ぼくは雨の唄となれば、これを外すことはできない。


 そして、雨といえば忘れちゃいけないのが、この曲。ビートルズの「レイン」。



 1966年のリリース時は「ペパーバック・ライター」のB面として、ひっそりと発表され、現在も「パスト・マスターズVol.2」の片すみに収録されている曲だが、これはビートルズ屈指の名曲だと思う。今聴いても、すごくアグレッシブで、ポップとアートの狭間を漂うような曲ではないだろうか。
 ポールのベースラインもすごいが、この曲ではリンゴのドラムが冴えまくりだ。改めて、リンゴ・スターというドラマーのすごさを感じさせてくれる1曲でもある。


 最後は「あめ、あめ、ふれふれ、もっとふれ」的なニュアンスも感じられるクラプトン版「雨の慕情」といえそうな「レット・イット・レイン」。クラプトンの初ソロアルバムに収録されていた初期の名曲だ。



 一時期は「バッジ」とのメドレーで、ライブのハイライトのひとつとしてプレイされていたが、近ごろではセットリストに加わることのないのが残念。

 上の映像は1985年のライブビデオからのもので、愛器だったブラッキーを引退させる直前のライブ。その晩年の勇姿が見られ、枯れた中にも鋭いトーンが聴けるという点ではなかなか貴重かも。

| BEATな話題 | 18:45 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

3カ月ぶりに弦六本舗さんへ

 先週の土曜日、釧路にある中古楽器店・弦六本舗さんへ行ってきた。
 「前に行ったのは、まだ雪が残っているころだったなあ」と自分のブログを読み返してみると、3カ月ぶりに訪問だった。

 前回に行った時はお店が2階から1階にお引越ししていたが、今回は国道沿いの倉庫の壁面に大きな看板が設置されていた。

弦六本舗看板

 何度か書いたけれど、お店があるのは少々怪しい場所。
 ぼくも初めて行った時は「ホントに、ここでいいのか?」と不安になった。でも、看板という目印が付いたので、これで初めて行く方でも大丈夫かも。

 弦六本舗さんは開業して、そろそろ2年になるらしいが、行く度にお店としての体裁が整っていく気がする。
 個人的には「いつまでも隠れ家的なお店であってほしい」と思うけれど、ぼくの住んでいる北海道の道東地方には本格的な中古楽器店がなかっただけに、今後の展開にも期待したい。

 今回は店内の写真も撮ってきた。
 まず、壁一面にかかっているギターはこんな感じ。

弦六本舗店内

 意外にアコギも多くて、積み重ねられているハードケースの中からハカランダ指板のマーティンが出てきたりするから、びっくりさせられる。

 試奏用に用意されているアンプは「Fender USA Super Champ XD」と「VOX AC15」。それなりの音量で、納得のいくまで気になる一本を試すことができる。
弦六本舗試奏コーナー

 実は今回お店の行ったのは、いつものように仕事のついでではなく、店長さんから「好きそうなギターが入荷しましたぜ」というメールがあったからだ。
 添付されていた写真を見ると「これ、欲しいよお」とよだれの出そうな一本で、それを確かめに行ったのだが、最終的に買ったのは別のギターになってしまった。

 弦六本舗さんで、初めて買ったギターは超軽量級。トーンもぼくがこれまで買ったギターにはない個性的なものだ。
 そのギターについては、近いうちに詳しく書くつもりです。

| エレキギター、再び | 08:10 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

ビートルズを日本に呼んだ男

4877283277ヤァ!ヤァ!ヤァ!ビートルズがやって来た―伝説の呼び屋・永島達司の生涯
野地 秩嘉
幻冬舎 1999-09

by G-Tools

 新潟と山形に行っている間に、たまってしまった仕事を何とか片づけ、ようやく本を読める余裕ができた。
 巷で飛ぶように売れているらしい村上春樹の「1Q84」も早く読みたいけれど、アマゾンですら在庫切れで、何とユーズド品にはプレミアが付いている。これは騒ぎがおさまってからゆっくりと読むしかないな。

 というわけで、ぼくが読んだのは「ヤァ!ヤァ!ヤァ!ビートルズがやって来た―伝説の呼び屋・永島達司の生涯」という本。タイトルからするとガチガチのビートルズ本かと思ってしまうけれど、ビートルズを日本に呼んだプロモーター、永島達司の人物像に迫るノンフィクションだ。
 当時は「呼び屋」といわれた創成期のプロモーターの仕事がどのようなもので、いかに発展していたかを描いた読み物として、とても面白かった。

 永島達司という人はキョードー東京を設立して、日本でビートルズのコンサートを実現させた後も、海外のアーチストを招聘した。
 しかし、1971年にレッド・ツェッペリンが来日した時、今でも語り草になっている滅茶苦茶な振る舞いにすっかり参ってしまったらしく、それ以降は海外のロックバンドの招聘はキョードーの下請けをしていたウドーに譲るようになったそうだ。

 そんな永島だが、あこぎな商売が当たり前だった呼び屋の世界において、お金にきれいなことで有名。しかも、きれいな英語を話せた。
 そのせいか、ビートルズはもちろんのこと、ナット・キング・コール、カーペンターズなど多くのアーチストから親しまれ、信頼のおけるプロモーターと高く評価されていたらしい。

 実はエピローグの部分で、ミック・ジャガーと永島との間での興味深いエピソードがあった。
 今もストーンズ・ファンの間では語り草である1973年の来日が法務省の入国拒否で中止になった時、ロサンゼルスに出張していた永島にミックから「お願いがあるから、明日、会ってほしい」と電話がかかってきたという。
 ホテルで待っていた永島の前に現れたミックは髪を短く切り、濃紺のネクタイをしめ、グレーのスーツを着てきて、こういった。「オレたちは犯罪者じゃない。どうしても日本に行きたいから、日本の領事館まで連れて行ってくれないか」。
 永島とともにタクシーで領事館まで行き、ミックはひとりで領事に会った。しばらくしてから、ミックは青ざめた顔で領事館から出てきたという。

 ミックの奮闘もむなしく、初来日が中止になったのは歴史的な事実だが、そのウラでこんなやり取りがあったのだ。
 何とかストーンズとして来日するために、髪を切り、コンサバティブな服装で日本領事館に行くミック。ちょっと前なら「昔からロックンローラーじゃなくって、ビジネスマンだっただなあ」とあきれただろう。でも、今は逆に「あっぱれな奴だ」と思う。「ふざけんな、日本人」と悪態をつくよりも、たった一人で日本領事館に直談判に行くほうが、よっぽど勇気がいるし、大変なことではないだろうか。

 いずれにせよ、ビートルズは国賓並みの警備の元でコンサートを開催し、ストーンズは入国を拒否された。ストーンズが何度も来日しちゃった今となっては信じられないこともしれないが、40年ほど前の日本ではロックは異端の音楽で、不良が聴くものだったのである。

 最後は紹介した本のメインのエピソードとなっているビートルズの武道館ライブの映像から、オープニングの「ロックンロール・ミュージック」を。



 E.H.エリック(この名前が分かる人は40歳以上だろうな)の司会ぶりが斬新!
 エピフォン・カジノを抱き、がに股気味でシャウトする若きジョンが、かっこいいですな。
 この武道館コンサート、Youtubeで「ビートルズ 武道館」と検索すれば、すべてが見られます。

| ビートルズとその周辺 | 20:52 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

久しぶりに酒田へ

 今月の16日から24日まで、新潟と山形に行ってきた。
 妻と子どもの里帰り、ちょっとした仕事も兼ねた旅だったけれど、約10年ぶりに訪れた山形の酒田市は「酒田まつり」の真っ最中だった。

 酒田はかつて数ヶ月間だけ住んだことのある街で、今もつきあいのある友人が何人もいるが、祭りにあわせて行ったわけではなく、まったくの偶然。
 ぼくは混雑や人ごみが苦手なので、最初はあまり気乗りしなかったが、なんでもこのお祭り、今年で400周年らしい。それを記念して、高さ20メートルの巨大な山鉾が復活するという。「それなら行ってみっか」と街に繰り出すと、友人が「これまでにない人出」というほどにぎわっていた。

酒田まつり

 酒田の名所、日和山に続く道沿いには夜店が立ち並び、多くの人が初夏の夜をそぞろ歩いていて、とても良い感じだった。たこ焼き、お好み焼きといって定番の食べ物を売る店も多いけれど、外国人がちょっとエスニックな食べ物を売る店もあって「夜店も変わったもんだなあ」と思う。
 でも、昔と変わらぬ射的屋の風情には、やっぱりノスタルジーを感じるな。

 Youtubeを検索してみると、100年ぶりに復活した山鉾の点灯式の動画あった。



 普段は音楽関係の動画しか見ないけれど、いろんなものがアップされているのね、ここには。


 次の日は朝から自転車に乗って、市内観光。
 酒田には数ヶ月住んでいたけれど、毎晩とにかく酒を飲んだという記憶しかなく、行ったことがあるのは「土門拳記念館」と「本間美術館」くらい。せっかく来たのだからと山居倉庫に行ってみる。

山居倉庫

 山居倉庫は明治時代に建てられた農業倉庫で、今も現役で使われているらしい。
 まだ観光客のいない午前9時前の山居倉庫はなかなか風情のある場所で、特に倉庫の裏のケヤキ並木が美しかった。

山居倉庫ケヤキ並木

 このケヤキ並木はどれもかなりの大木で、倉庫を日差しや風から守る役割をはたしているらしい。自然を活かした倉庫造りがされているんだなあ。


 昼食は酒田の有名なラーメン店「満月」へ。
 これも狙って行ったわけではなく、自転車で走っていたら、たまたま道端にあったので入店。名物と書かれているワンタンメンを頼む。
 これが北海道のこってりスープ、太目のちぢれ麺のラーメンに慣らされてしまった口には、実に新鮮な味。あっさりとした魚介系のスープに、細麺、とろりとしたワンタンもなかなか美味だった。

 このお店、友人にいわせると「地元の人間はあまり行がねえ」らしく「もっと、うまい店があんぞ」ってことだが、新潟や山形の麺類はラーメンに限らず、そばもうまい店が多くて、かなりレベルが高いと思う。


 そして、どこに行っても癖は直らないもので、新潟や山形でもリサイクルショップを巡り、中古ギター探しをした。幸か不幸か、予算に見合うギターはなったけれど「ここはすごい!」と思ったのが、酒田のハードオフだ。

 下手な楽器屋よりも充実したライナップのギターが並んでいて、フェンダー、ギブソンはもちろんのこと「わっ、テスコのビザール・ギターが3台も」「グレコのバイオリン・ベースも3台並んでるぞ」「おまけにグレコのブライアン・メイ・モデルもあるやん」という感じで、これまでに入ったリサイクルショップの中では、最強の品揃え。ただ、ぼくの感覚からすれば「2割ほど高いかな」と感じる値段が残念なところか。


 ってなわけで、今回の旅のおみやげになったのは、新潟の楽器店の「あぽろん」で買ったKORGのクリップチューナー。

KORGのクリップチューナー

 実売価格2千円弱ながら、KORGらしい反応の速さがあって、実に使い勝手が良い。
 機能は最小限だけど、ギターの振動を感知するピエゾの他に内蔵マイクとの切り替えも可能で、パネルのバックライトも二段階に明るさが調節できて見やすい。

 「ちょっと高いなあ」と感じていたクリップチューナーだが、このコストパフォーマンスはなかなかすごいかも。
 これまで普通のチューナーを使っていたけれど、やっぱりアコギにはクリップチューナーが便利です。


【送料無料】KORG AW-2G クリップチューナー コルグ クリップ式チューナー バックライト搭載!

| BEATな話題 | 18:05 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

ホントにレスポールは重た過ぎるのか?

 前回のエントリーで「ぼくは、もう大丈夫」と書いたものの、未だにキヨシローの訃報をひきずっている。
 彼のいない世界で生きているということが、何だか素直に受け入れらないのだ。頭の中に浮かぶのはRCやキヨシローの唄ばかりだし、ギターを手にしても、ついつい「雨上がりの夜空に」のリフを弾いちゃう。

 でも、そろそろギターに関する話を書いてみようと思う。今回は「レスポールは重た過ぎるのか?」ということについて。

 実は今回の内容を思いついたのは、久しぶりにRCサクセションの「ベイビー!逃げるんだ」を聴いたからだ。



 これは1983年にシングルカットされた曲で、詩の内容からは「サマーツアー」の続編のようなものを感じる。
 そして、二番に「生意気な奴だったのに、何だか素直になったな。レスポールが重た過ぎたんだろ」という歌詞が出てくるのだ(そんな風に唄いながら、チャボが黒のレスポールをかき鳴らしているあたりもステキだ)。

 はたして、レスポールはホントに重いのか?手持ちのレスポールの重さを体重計で量ってみた。

 結果はエピフォンのレスポール・ゴールドトップが4キロ、グレコのEG500も4キロだった。手に持った感じでは中空ボディのEG500のほうが「若干軽いかな?」という印象もあるのだが、これは200グラム単位でしか表示できない体重計の誤差だろう。
 比較のために量ったフェンダージャパンのテレキャスターが3.8キロだったから、それほど重いというわけでもないし、2台のレスポールを弾いていて「こりゃあ、重いなあ」と思ったこともない。

 さわるどころか見たこともないが、今やマンションすら買えそうな値段がついている59年製のレスポールや、新品が買えるとはいえ高価なヒストリックコレクションのレスポールにも、4キロ程度のものが多いという話を読んだことがある。だから、ホンモノのレスポールだって、それほど重いギターってわけでもなさそうだ。

 それにも関わらず、多くの人の認識として「レスポールは重いギター」というイメージがあるのはどうしてだろう?
 実はキヨシローが「ベイビー!逃げるんだ」を書いた前後、70年代終わりから80年代にかけて、新品で買えたレスポールには重いものが多かったらしいのだ。
 本家のギブソンはもちろんのこと、当時しのぎを削るようにしてホンモノのフルコピーを追求し、未だにマニアの間では高い評価のある国産のトーカイ、グレコあたりのコピーモデルにも重いレスポールが多かったようだ。
 使われている木材の違い、ギターを作る時の考え方の違いなどが理由なんだろうけど、その頃にぼくが手にしたレスポールもずっしりと重かった記憶がある。

 ぼくが懇意にさせていただいている釧路の中古楽器店「弦六本舗」でも、80年前後に製造されたグレコのレスポール・カスタムを取り扱ったことがあって、なんと5キロオーバーだったそうだ。
 店長さんも「あれはずっしり重いギターだったなあ。まあ、音はすごく良かったですけど、よっぽど体力がないと立って弾き続けるのは無理だろうなあ」と笑っていた。

 最後は「レスポールは決して重いギターではないが、中にも重たいものもある」という当たり前の結論になってしまうけれど、歌詞の中で「レスポールが重た過ぎたんだろ」とサラリと唄うキヨシローは「やっぱり、すごいな」と思ってしまう。

 あなたのレスポールは何キロですか?

| エレキギター、再び | 17:21 | comments:8 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

私的な過去とともに、忌野清志郎を偲ぶ

 心のどこかに喪失感を抱いたままのGWも終わった。
 ぼくはカレンダーとは関係のない仕事をしているので、GW中も〆切がジワリと迫ってきた仕事をポツポツとこなしてはいたけれど、どこかうわの空だった。

 そして、夜になると上滑りな言葉で追悼をするニュースキャスターに背を向け、ブラックニッカを片手に、Youtubeでキヨシローの映像を探しては、PCのディスプレイをながめ続けた。

※この先は、キヨシロー関連の多くの映像が出てきます。よろしければ「続きを読む」をクリックしてください。

≫ 続きを読む

| BEATな話題 | 22:31 | comments:8 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

今もキヨシローのシャウトが聴こえる

 昨晩、風呂から上がり、寝る前に飲むブラック・ニッカの水割りに口をつけながらテレビをつけると「ロック歌手の忌野清志郎さんが2日、がん性リンパ管症のため死去」というニュースが流れていた。
 信じられなかった・・・・。

 もちろん、キヨシロー(彼を追悼する文章だけど、清志郎さんでもなく、清志郎氏でもなく、ぼくはあえてカタカナで名前を書きたい)が、がんと闘病していたのは知っていた。でも、キヨシローは「もう一度帰ってくる」と信じていた。
 一度、がんを克服して、カムバックしてからのキヨシローは闘病前よりも喜びにあふれたような声や表情で、再びシャウトしていた。それだけに、大きな喪失感を感じる。

 でも、あまり湿っぽいことは書きたくない。そんなの彼にふさしくないような気がする。 
 キヨシローはロック歌手ではなく、ロックンローラーであり、ソウルシンガーであり、よき父であり、サイクリストだった。



 愛してます。これからもあなたのシャウトを聴き続けます。
 そして、心からご冥福をお祈りします。

| BEATな話題 | 08:50 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

キャロル・キング、1973年のライブDVD

『つづれおり』ライヴ 1973 [DVD]『つづれおり』ライヴ 1973 [DVD]
キャロル・キング


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 昨年末のステージで、ぼくをウルウルさせまくったキャロル・キングの新しいライブDVDが5月27日にリリースされる。
 新しいといっても、内容は1973年のモントルー(スイスにある都市でジャズ・フェスティバルで有名。ディープ・パープルの「スモーク・オン・ザ・ウォーター」の歌詞にも登場するレマン湖畔のリゾート地)のライブを収録したDVDだ。

 来日をきっかけに再燃したキャロル・キングの人気に便乗して、発掘されたライブ・フィルムって感じがするけど、若い頃の彼女の映像はほとんどが見たことがないだけに、この手のものがリリースされることはファンとしてはうれしい限りである。

 今のところアマゾンのショッピングページに詳しい内容は掲載されていないが「bounce.com」をよると、収録曲は19曲らしい
 「Tapestry」から9曲、当時の最新アルバムだった「Fantasy」からも9曲。2枚のアルバムから以外の唯一の曲は「Up On The Roof」のみで、現在のライブで聴けるようなヒットパレード的な選曲ではないあたりが、逆に楽しみだ。

 しかし、いくら有名だからといって、何でもかんでも「つづれおり」って名前をタイトルに付けるってのは、どうなんだろう。単純に「ライブ・アット・モントルー・1973」でいいと思うんだけど。

 この機会に70年代のキャロル・キングの映像をいくつか紹介してみたい。

 まずは、ジェームス・ティラーがゲスト参加する「So Far Away」。キャロル・キングの横で椅子に腰をかかえてベースを弾いているのは、当時の夫でもあったチャーリー・ラーキーだ。



 おそらく「Tapestry」をリリースした直後と思われるが、なかなか貴重な映像ではないだろうか。

 もうひとつはジェームス・ティラーがメインの「You've Got a Friend」。



 キャロル・キングは後ろでしっかりとピアノを弾いているけれど、なぜかハモらないのが不思議。でも、ジェームス・ティラーの歌声の素晴らしさがよく伝わってくる映像だと思う。


 この先はキャロル・キングの話から脱線しちゃうけど、ジェームス・ティラーがらみで、もう1本。
 当時の妻だったカーリー・サイモンとデュエットする「Mockingbird」。



 シャウトするジェームス・ティラーも良いけれど、何といってもカーリー・サイモンが素晴らしい。裸足で一緒にステップを踏むところあたりは、ホントにかっこよくって、ロック界最高のおしどり夫婦(この後に離婚しちゃったけど)を感じさせますなあ。


 ぼくはカーリー・サイモンも好きだが、この人のアルバム・ジャケットには、ちょっとセクシーでステキなものが多い。

No SecretsNo Secrets
Carly Simon


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 まず、デビューアルバムの「No Secrets」。ミック・ジャガーのコーラスで有名な「You're So Vain」が入っているアルバムで、小さい写真だとジャケットは何の変哲もないポートレートに見えるけれど、実はノーブラで、胸ポッチが・・・・。
 ジャケットの大きなレコードの時代、この写真のインパクトは大きかった。

Boys in the TreesBoys in the Trees
Carly Simon


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 もう一枚は、ぼくが高校生の頃にリリースされた「Boys in the Trees」。これも、大人の色香が漂うジャケットだったなあ。

| キャロル・キング | 16:38 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

ジェフ・ベックとロッド・スチュワートの競演に涙する

 ちょっと前、夜中にほろ酔い加減でなじみのブログを回っていると、kinさんの「guitars.grrr」にジェフ・ベックとロッド・スチュワートの競演のビデオがあった。

 早速見てみると、これがもう素晴らしくって、夜中にPCの前で、ひとりホロリ。
 長い間、彼らを聞き続けてきたものからすると、涙モノのシーンが連続するのだ。

 場所はロスエンジェルスだが、それほど大きな会場ではない。
 日本では絶大な人気があって、大ホールを満員にできるジェフ・ベックだが、今やアメリカでの動員力はそれほど高くはないらしい。

 でも、それがどうしたである。DVD化されたロニー・スコッツ・クラブもそうだが、小さくて濃厚な空気を感じられる会場で、ジェフ・ベックを見られるアメリカやイギリスの人たちが、うらやましいぞ。



 いつもよりやさしく、ていねいに「People Get Ready」のイントロを弾く、ジェフ・ベック。それが終わる頃、ステージの袖から例のスタンドマイクを持ってロッド・スチュワートが出てくる。

 ロッドが唄い始めた瞬間に、ギターの手を止めて、顔を両手で押さえて感極まったというポーズをするジェフ・ベックを見て、ぼくはいきなりホロリときてしまった。おそらく、あれはお客に対するポーズではなく、ジェフの本心なんだと思う。


 「People Get Ready」は、このブログでも何度か紹介した「Flash」の中の1曲。

FlashFlash
Jeff Beck


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 このアルバム、傑作ではない。どちらかという失敗作だと思うけれど、ロッドがゲストボーカルの「People Get Ready」だけでも買う価値がある。

 ロッドが「Flash」に参加したのは、自分のアルバム「Camouflage」でジェフ・ベックがギターを弾いてくれたお返しのようなものだったと思う。

CamouflageCamouflage
Rod Stewart


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 このアルバムはハリウッドの堕落したロックスターを気取っていたようなロッドが、ジェフ・ベックの力を借り、再び骨太なロックに戻ってきた気がした一枚。そして、今でもよく聴くアルバムだ。

 確か、この時期にロッドとジェフのジョイントツアーのウワサもあったような気がするけれど、いつの間にか立ち消えに。どうやら、ギャラの配分方法でもめたらしく、2人の蜜月は長続きしなかったのだ。

 「People Get Ready」に続いて、ロッドの「これは41年前の曲だよ」というMCで始まる「I Ain't Superstitious」はジェフ・ベック・グループのデビューアルバム「Truth」のラストに収録されていた曲だ。

TruthTruth
Jeff Beck


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 すでにヤードバーズのギタリストしてデビューし、高い評価を受けていたジェフ・ベックとは異なり、ロッドはボーカリストとしてのキャリアをこのアルバムでスタートさせた。

 ちなみに、この第一期ジェフ・ベック・グループのベーシストはロン・ウッド。今ふりかえるとすごいメンバーなのだが、この頃のジェフ・ベックはかなり性格が悪かったらしく、わがままなうえに、ギャラの大半を持っていっちゃう。
 険悪なムードに陥ったグループは、もう一枚のアルバム「Beck-Ola」をリリースした後に、あえなく解散してしまった。

 しかし、40年前の曲をロスの小さな会場でプレイする2人の姿からは「過去にあった様々な確執を水に流して、お金や名誉のためではなく、純粋に昔の仲間と音楽を楽しみたい」という気持ちが見えてくる気がする。 
 ロッドにすれば、あまり良い思い出はないであろう「I Ain't Superstitious」のはずなのに、うれしそうにシャウトする姿を見て、またホロリとしてしまった。

 少し前に「老いとロック」について書いたけれど、ロッドとジェフの2人の姿を見ていると「歳をくうのも悪くはないなあ」と思っちゃうな。

| ジェフ・ベック | 19:04 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT