年度末進行の仕事と確定申告、それにイレギュラーな出張付きの仕事まで加わって、例年になく慌しい3月前半になった。
そんなわけで、このBlogもしばらく放置となってしまったけれど、大きな山は乗り越えたので、また週1くらいのペースで更新できるはず。
そんな慌しい毎日だったけれど、おなごみの時間もあった。
昨年末、隣町に複合型の書店ができた。
「コーチャンフォー」 という店で、北海道ではメジャーな大型書店だ。ぼくは仕事で隣町に行った時、無理やり時間を作ってでも、この店に立ち寄ることにしている。
この書店、とにかく広くて本やCDの在庫も豊富。田舎暮らしと引き換えに失くしてしまった「たくさんの本やCDを目で見て、その中から選んで買う」という楽しみを味わえる店だ。
最近、すっかりアマゾン頼みの読書と音楽生活だったが、棚の間を歩き、実物を手にとり、ページをめくって本を選ぶという行為には、格別の喜びがある。
そして、歩き疲れたら、店内にあるドトールコーヒーに入って、買ったばかりの本のページをめくる。都会では当たり前だった行為が、やけに新鮮で、活字好きのぼくにとっては「コーチャンフォー」で過ごす数時間が、最近の楽しみのひとつになっている。
そんな大型書店で、浦沢直樹と和久井光司の「ディランを語ろう」を買った。
この本、アマゾンでの評価が意外に低くて、これまで手が伸びなかったのだが、実際に読んでみると、とても面白かった。
著者の浦沢直樹はもはや説明不要の漫画家、和久井光司は「レコード・コレクターズ」などの評論でもお馴染みの音楽家だ。大のディラン好きが、タイトルにあるように大いに「語る」のだが、2人のボブ・ディランに対するスタンスは極めて私的である。つまり、自分にとってのディラン、自分とディランの思い出や様々なアルバムとの出会いを語り合う。
そのため、彼らと同年代の人にしか分からないような単語(注釈はあるけど)が頻出するし、あの時代にCDでなくレコードでロックを聴いていないと、理解できないようなニュアンスや空気感が多々ある。
ぼくは1962年生まれなので「ディランを語ろう」をワクワクしながら読んだし、2人の話に共感もできるけれど、例えば1970年代に生まれたディラン・ファンには部分的に意味不明の迷著となるかもしれない。
でも「同世代でしか語れないディラン」という割り切り方が気に入ったし、2人のディラン与太話の中に、彼の本質を見事に捉えた瞬間があることも確かだ。
結論として、1975年前後に思春期を迎えたディラン・ファンにはおすすめの一冊かな。
本と一緒にCDもひとつ。
アムネスティ・インターナショナルの創立50周年、ボブのデビュー50周年を記念してリリースされた4枚組みのトリビュートアルバム「Chimes of Freedom」。
新旧アーチスト、新旧の録音を取り混ぜたボリューム満点のトリビュートアルバムなので、長尺で散漫な印象もなくはないけれど、輸入盤の2500円弱という値段を考えれば、充分に納得のできる内容だ。
特に女性アーチストのカバーに素晴らしいものが多く、ダイアナ・クラールの「Simple Twist Of Fate」(ちなみの夫のコステロは「License To Kill」をカバー)やカーリー・サイモンの「Just Like A Woman」あたりは、この先も愛聴していく曲になりそう。その他にジャクソン・ブラウンやジェフ・ベックが加わっているところも、うれしい。
ぼくは好きな曲だけを抜き出して、CD1枚に編集したものを車で聴いている。
というわけで、今日の1曲は「Simple Twist Of Fate」(邦題は「運命のひとひねり」で、こちらも秀逸なタイトル)。
まずは、ダイアナ・クラールのバージョンを。
VIDEO 改めて、曲の中に隠れていてた美しい旋律に気づかされるカバーだ。
次はボブ本人の「Simple Twist Of Fate」。
VIDEO テレビに出演しても相変わらず無愛想で、テキトーに曲を始めちゃおうボブがいい。
なにより、フリル付きの開襟シャツの上にレザーのジャケットというファッションが似合う1970年代のディランがかっこいい!。
最後に、もう1曲。ディランとジョージの「If Not For You」を。
VIDEO おそらくバングラディッシュのコンサートのリハーサル風景を収めたものと思われるが、いつものようにハモるようで、微妙にハモらないディランのデュエットがステキすぎる。
わざと外すのが、ボブ・ディランの大きな特徴、未だに直らぬクセである。