2005.07.15 Fri
橋本真也の急死とラストワルツ
ザ・バンド, エリック・クラプトン, ボブ・ディラン, ニール・ヤング, マーティン・スコセッシ

このBlogには音楽以外のことは、できるだけ書かないつもりだった。でも、頭から離れないことがある。プロレスラー、橋本真也の急死についてだ。
ぼくは小学生の頃から父親の影響で、プロレスを熱心に見ていた。特にアントニオ猪木の全盛期の試合の数々は今でも鮮明に覚えていて、いわゆる昭和のプロレスが好きだ。だから、橋本真也という平成になってから活躍したプロレスラーにはあまり思い入れがないはずだと自分では思っていた。
しかし、訃報を知った瞬間、強いショックを感じた。そして、未だに気持ちは少し沈んでいる。自分が思っている以上に橋本真也のプロレスが記憶に刻まれていたのが、彼の急死によって分かったのだ。
よく考えると、橋本、武藤、蝶野の闘魂三銃士といわれたレスラーの試合はデビューからリアルタイムで見ていた。
3人の中でも橋本はフィクションのスポーツであるプロレスの試合の中で、リアルな感情を表現できるレスラーだった。つまり、現実と虚構の境界があいまいで、そこが橋本の魅力だった。
特に記憶に残っているのが、小川との一連の抗争。近頃のプロレスから感じられなくなったリアルな虚構が試合の中にあった。
橋本真也が亡くなった日、訃報を知ってからは仕事をする気にならず、DVDで「ラスト・ワルツ」を見た。
公開から30年近くが過ぎた今では「ラスト・ワルツ」の様々な内幕が明らかになってきている。「ラスト・ワルツ」は単にザ・バンドの解散を記録した美しい映画ではなかった。バックステージでは様々な思惑が複雑に絡み合っていたようだ。
「ザ・バンドはコンサート活動を休止する。その区切りになるのが今回のライブだ。しかし、これからもレコーディングは続けていく」と宣言したロビー・ロバートソンの独断で「ラスト・ワルツ」は企画された。他のメンバーはコンサート活動の休止には反対だったという。さらにロビー・ロバートソンは「ラスト・ワルツ」のサントラ盤を手土産にレコード会社の移籍する。
様々な策略を仕掛けるロビー・ロバートソンと、彼に翻弄される他のメンバーの困惑。そして、出演したミュージシャンの多くがコカイン漬け。これが「ラスト・ワルツ」の舞台裏らしい。
つまり「ラスト・ワルツ」はフィクションとノンフィクションが入り混じり、多くのミュージシャンが交差する、プロレスでいうとバトルロイヤルのような映画だ。
でも「ラスト・ワルツ」は決して悪い映画ではない。何度見ても飽きない深い映画だ。そして、単純に音楽映画としても楽しめる。
中でも「ヘルプレス」を唄うニール・ヤング(鼻から白い粉が見えていて、編集の際に修正が施されたらしい)、「キャラバン」を熱唱するヴァン・モリソン、そして帽子のてっぺんからつま先まで全身がかっこいいボブ・ディランの出演シーンは、いつ見ても素晴らしい。
ロビー・ロバートソンは「これは今世紀を代表するライブになる。そして、ロックの時代の終わりを告げるイベントになる」と反対するメンバーたちに言い放ったという。
「ラスト・ワルツ」の後に、ザ・バンドはロビー・ロバートソン抜きでライブ活動を再開するが、やがてリチャード・マニュエル、リック・ダンコというメンバーを永遠に失う。ロビー・ロバートソンの言葉の通り、ザ・バンドというグループは完全に終わってしまったのだ。
しかし、「ラスト・ワルツ」に出演していたゲストの中にはしぶとく生き残っている人たちが多い。
ボブ・ディランは未だに「ネバーエンディングツアー」と題されたコンサートで世界を巡り、ニール・ヤングはスタイルを変えることなく、ニューアルバムをリリースし続けている。エリック・クラプトンの近年の大ブレイクはあえて書く必要もない。
40歳を過ぎてから「ラスト・ワルツ」を見るたびに「大切なことは、今をサバイバルして生き残っていくことだ」と思う。
リチャード・マニュエルとリック・ダンコ、そして橋本真也。彼らはこの世から去ってしまうには、あまりに若すぎた。
| 音楽のDVD | 20:09 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑


















