2005年04月 | ARCHIVE-SELECT | 2005年06月

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | コメント(-) | トラックバック(-) | TOP↑

≫ EDIT

「Zen」シリーズに新機種

Creative Zen Neeon 5GB シルバーモデル(HDDプレイヤー)
B0009NTMTI

 毎日「Zen Micro」を愛用しているので、すっかりCreativeというメーカーのファンになってしまった。
 「みんなが持っているもの買ったって、つまんない」という気分があったし、ipodが代表選手のappleに勝てるはずもなく、マイナーなMP3プレイヤーというところも、妙に気に入っている。

 そんなCreativeから新しいMP3プレイヤーが発売される。その名も「Zen Neeon」(ゼン・ニオン)。
 正面は光沢のあるピアノブラックで、バックボディは10色の中から選択可能。液晶画面のバックライトは変更可能で七色(このあたりが Neeonなんだろうな、笑えるけど)に変化する。HDDは5GBで、連続再生時間は16時間。ボイスレコーディング、FM受信ができて、ライン入力端子まで付いている。
 シンプルでかっこいいボディに、これだけの機能。デジタルモノの宿命とはいえ「Zen Micro」より、安くて(但し、ワイヤードリモコンとACアダプターは別売り)性能は格段にアップしている。慣れが必要だったタッチパネルより操作性も良さそうだ。

 笑えるのがCreativeのHPの商品紹介に「個性的なスキン(オプション別売)を貼り付ければカリスマ音楽プレーヤーに変身します」と書いてあること。
 つまり、携帯電話用に売られているようなステッカーをボディに貼り付ければ、カラフルで個性的なデザインに変わるということなんだが、自分で「カリスマ音楽プレーヤー」って言うか。

 でも、このアイデアは今までのMP3プレイヤーにはなかったものだと思うし、保護フィルムも兼ねていることを考えると、案外良いかもしれない。
 しかし、メーカー純正で発売されるスキンのデザインが、どれもイマイチ。もし、ipodで同じことをやったら、あっという間にかっこいいスキンがサードパーティから続々と発売されるだろう。

 このあたりにもCreativeの悲哀を感じるれど、このメーカーのMP3プレイヤーは音質、デザイン、操作性がなかなか良い。
 メタリックで質感も高く、おしゃれなデザインの「Zen Neeon」がヒットして、Creative仲間が増えればいいのだが。
スポンサーサイト

| MP3プレイヤー | 11:21 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

シンプルな「two.too」にシビレる

two.tootwo.too
Fried Pride


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 よく考えるとBlogを始めて以来、初の新譜紹介である。
 「Fried Pride」というギターとボーカルだけの2人のグループが、世間的にどこまで知られているのかは分からないけれど、ぼくは1年に1枚ペースでリリースされる彼らの新作を心待ちにしている。

 「Fried Pride」を知ったのは数年前のこと。NKN・FMを聴いていると、ジャズのライブ番組で「Fried Pride」のスタジオライブが始まった。
 最初は仕事をしながら「ふーん、ギターとボーカルだけね。つまり、日本のタック&パティか」と思って聴いていたのだが、そのうちキーボードを打つ手が止まり、アンプのボリュームを上げに行った。彼らのプレイにぶっとんでしまったのだ。

 スタジオライブでカバーした曲にも驚いた。ストーンズの「ジャンピング・ジャック・フラッシュ」にEW&Fの「宇宙のファンタジー」である。
 かつて、こんな曲をカバーしたジャズのバンドがあったか(もし、あったら、ごめんなさい)。それをパーカッションを加えた、わずか3人だけでプレイするのだから無謀である。しかし、これが素晴らしかった。
 
 まず、ボーカルのshiho。「ホントに日本人?」と思うほど、英語の唄がうまい。声の好き嫌いはあるかもしれないけれど、ぼくの好きなタイプのボーカリストだ。
 ギターの横田明紀男は「超絶技巧のギタリスト」とオフィシャルHPでは紹介されているが、それをあまりひけらかすことなく、特に唄のバックのプレイが抜群である。
 
 5月21日にリリースされたばかりの「Fried Pride」の新作は、原点に戻って全曲2人だけの演奏。しかし、これがまったく薄っぺらく感じない。むしろ、唄とギターの巧さだけを楽しめる点で好ましい。
 現時点ではAmazonの曲目リストが間違っているので「two.too」の収録曲を書いておく。

 01 キッス・オブ・ライフ
 02 パートタイム・ラヴァー
 03 愛のプレリュード
 04 アイ・ワナ・ビー・ラヴド・バイ・ユー
 05 マイ・フェイバリット・シングス
 06 雨の日と月曜日は
 07 バートランドの子守唄
 08 ウィル・ビー・トゥゲザー
 09 フィール・ライク・メイキン・ラヴ
 10 この素晴らしき世界
 11 リオデジャネイロ・ブルー
 12 ディグ・イット!
 13 ベイビー・アイ・ラヴ・ユア・ウェイ
 14 虹の彼方に

 12曲目だけがオリジナル。それ以外はすべてカバーである。
 シャーデー、カーペンターズ、スティービー・ワンダー、スティング、ロバータ・フラッグ、ピーター・フランプトンなどのお馴染みの曲に、ジャズのスタンダードソングが数曲。誰もが知っている曲ばかりなので、すんなり耳に入ってくるだろうし「Fried Pride」の斬新さも分かりやすいと思う。

 ただ、今さら「マイ・フェイバリット・シングス」や「この素晴らしき世界」などの少々手あかのついたスタンダードソングをカバーする必要はないのではないか。
 「Fried Pride」はジャズというくくりに属する(でも、音を聴くとそんなジャンル分けは無意味だと思う)ようで、そのあたりにも配慮してのことだろうけれど、圧倒的に面白いのはロックやポップスのカバーだ。

 良いメロディーに古いも新しいもないけれど、今さらイメージを変えようがないジャズの定番ソングに手を出すことはない。好きだから、あえて言わせてもらう。「Fried Pride」はそろそろジャズという窮屈なジャンル分けから羽ばたくべきだ。

| ジャズの名盤 | 11:19 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

畑の中のつづれおり

TapestryTapestry
Carole King


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 長年愛聴しているCDにキャロル・キングという女性シンガーの「つづれおり」がある。
 このアルバムは七一年に発売され、二千万枚以上のセールスを記録した。爆発的に売れた理由を、激動の六十年代に少々疲れた人々の耳にキャロル・キングの声とピアノの音色が癒しの感覚をもって響いたからではないだろうかと推測しているが、そんな時代背景を抜きにしても「つづれおり」は歴史的な名盤で、今もその輝きは衰えることがない。

 女性が造った優れたポップソングには「大地をまっすぐ歩いて行けば、いつかきっと理想に辿り着ける」といった唄が多いように思う。
 一般的に女性は感情の起伏が激しく情緒的だといわれている。しかし、失恋の唄の世界を考えると、男が「朝起きたら、愛しい彼女がベットから消えていたんだぜ。悲しみが溢れて、どうすることもできない」とブルースによくあるフレーズで行き場所のない感情を爆発させるのに比べて、女性の場合は冷静にポジティブに「あの人は家を出ていったけれど、今日も太陽が昇り、日差しが私をつつんでいく。きっと大丈夫」と表現している場合が多い。

 「つづれおり」に収録されているキャロル・キングの代表曲「イッツ・トゥー・レイト」も失恋の唄だが「心の炎が消えたのを私は隠せないし、それをだませない」と告白しつつも「ふたりの暮らしは楽しくて、私は一度はあなたを愛した。でも、もう遅すぎる」と自分の恋にきっちりとけりをつける。そこには余計な未練やとまどいはなく、過去のことは清算して新しい一歩を踏み出そうという強い意志がある。

 包み込まれるようなやさしさと力強さを併せ持ったキャロル・キングの声とピアノの音色は、両脇に畑の広がるまっすぐな農道を車で走る抜けている時に心地良く耳に響く。それは豊かな実りを作り出す大地が、限りなく女性的であるからだ。

「イーストサイド」05号に執筆したものを加筆して転載。

 ようやく一本の原稿が終了したのもの、まだ残りが一本。というわけで、もう一回「イーストサイド」からの転載ネタです。

 キャロル・キングの「Tapestry」については、以前にも一度書いたことがある。何度聞いても素晴らしい、名盤中の名盤だと思う。
 実は北海道に来る前に持っていた女性シンガーのアルバムはキャロル・キングに限られていた。つまり、マッチョなロック野郎だったのに、近頃ではノラ・ジョーンズ、ダイアナ・クラール、シャーデーなどなど、女性シンガーのアルバムをよく聴く。
 音楽の嗜好が変わってきたのは、住んでいる環境のせいか、それとも主夫業もしているからか。案外、単に歳くったせいかもしれないけれど・・・・。

| キャロル・キング | 11:17 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

冬の風に吹かれて

Highway 61 RevisitedHighway 61 Revisited
Bob Dylan


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 ボブ・ディランはとても無愛想なロックンローラーだ。
 突き放すようなしわがれ声と平坦なメロディーの唄からは「別にはっきり聞こえなくてもいいんだよ」とばかりの早口で抽象的な詩が飛び出てくる。ステージではMCがほとんどなく、インタービューも大嫌い、笑顔のポートレートなんて見たことがない。
 そんなボブ・ディランを好きなって二十数年になるが、未だにどこが良いのか自分でもよく分からない。その唄の中にロックの核心のようなものは確かに感じる。しかし、それを言葉で表現するのはとても難しい。

 北海道の冬はボブ・ディランに似て、無愛想な季節だ。
彩りがない白一色の風景に冷たい北風を吹かせ、外気に触れるものすべてを凍りつかせてしまう。厳しい冬をいかに過ごすかが、北海道の生活ではとても重要なことになる。冬が一年の三分の一を占めるからだ。

 季節を人に例えるなら、夏は陽気でつきあいやすい友達だ。しかし、北海道の夏は駆け足でやって来て、ある日突然に去ってゆく。きまぐれな奴とはどうしても深いつきあいにはなれないものだ。
冬は無口で思慮深くて、とっつき難い友達かもしれない。でも、何年かつきあっていると、その良さが少しずつ分かってくる。時には厳しいことも言うけれど、決して悪い奴ではない。じっくりと想いを暖める時間を与えてくれるし、意外にもやさしかったりするのだ。

 ぼくは厳しい寒さの日に好んでボブ・ディランを聴いている。無愛想な歌声が「なまぬるい風ばかりにあたっていると馬鹿になるぜ、どんな時でもやるべきことをするだけさ」と語りかけてくる気がするからだ。
 初期の名曲「風に吹かれて」の中でボブ・ディランは「友よ、答えは風の中にある」と唄った。「なぜ北海道に移り住んだのか?」という自問への答えも、冬の風の中に舞っているのだと思う。
 冷たい風にさらされるのも、時に悪くはない。

「イーストサイド」04号に執筆したものを加筆して転載。

 すみません。今日も多忙状態につき、過去に書いた原稿の転載です。

 選んだアルバムは「Highway 61 Revisited」(邦題は「追憶のハイウェイ61」)。
 これはボブ・ディランの長いキャリアの中でも無愛想さでは一、二を争うアルバムだと思う。なんてったって一曲目が底意地の悪い曲の代表格「Like a Rolling Stone」だ。
 刺々しい怒りのこもった声、攻撃的な曲の数々。キャリアの中で最も「ロック」なボブ・ディランが、このアルバムには記録されている。

 転載した文章の中で、ぼくはボブ・ディランを冬の冷たい風に例えたが「Highway 61 Revisited」は真冬の嵐だ。

| ボブ・ディラン | 11:15 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

ジョン・レノンと、同じ歳

Rock 'n' RollRock 'n' Roll
John Lennon


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 今年の誕生日を迎えるとジョン・レノンと同じ年齢、つまり四十歳になる。
 ぼくはビートルズをリアルタイムで追いかけた世代ではないけれど、ジョン・レノンは十代の頃のヒーローであり、アイドルであり、先生だった。彼は二十数年前にニューヨークで凶弾に倒れた時点から老いることはない。ただのロックスターを超えた存在と年齢的に肩を並べてしまうのは、なんだか妙な気分だ。

 亡くなった人の思い出は、時間が経つにつれ美化されていく。今やジョン・レノンも「愛と平和の人」と紹介されることが多い。しかし、ぼくの知っているジョン・レノンは港町の不良でマザコン、女好きでジャンキー、晩年はハウスハズバンド。そして、何よりもロックンローラーだった。
 ジョン・レノンは「いつも動き回って、いつも服を変えていく、これがベスト。すべては変化なんだ」と言った。これほどロックという音楽の本質を表した言葉はないし、彼ほど外見が変わったビートルズのメンバーはいない。デビュー当時と解散直前の写真では、まるで別人のようだ。ポール・マッカートニーの童顔にほとんど変わりがないことに比べると、その変貌ぶりは驚異的である。

 変わり続けることがジョン・レノンの生き様であり、ライフスタイルだった。過激な平和運動を展開し、ラブソングもたくさん書いたが、それらはジョン・レノンの一時的な志向でしかない。生涯を通して一貫していたのはロックロールという音楽のフォーマットの中で、何かを訴え続けたことだ。

 今、ぼくは北海道の外れでこうして雑文を書きながら、ハウスハズバンドをしている。正直に白状すると、変化を求めて北海道に移り住み、一日中子供のそばにいるのは、ジョン・レノンからの影響である。しかし、四十歳以降の年齢にジョン・レノンという水先案内人はいない。
 彼から学んだのは、変わり続けることの大切さとひとつのことを貫き通す勇気。この二つを胸に、これから先の歳を数えていこうと思っている。

「イーストサイド」06号に執筆したものを加筆して転載。

 〆切が迫った仕事を二本抱えてテンパイ状態。
 ゆっくりとBlogを書く余裕がないので、3年前に「イーストサイド」という雑誌に書いたジョン・レノンのことを転載します。

 ぼくはジョン・レノンよりも年上になってしまったけれど、この時の気持ちに変わりはない。ジョンがヨーコと離れ、ロスで荒れた生活をおくっている時に製作が開始された「Rock 'n' Roll」を聴くと「困った時、悩んだ時にジョンが戻っていく場所は、やっぱりロックンロールだったんだな」と思う。

 しかし、リマスターされてスッキリとした音になった「Rock 'n' Roll」を聴くと少し寂しくなる。確かに聴きやすくはなったけれど、ぼくはオリジナル盤の荒々しさを知っている。時に暴力的なシャウトやざらついた感覚がジョンのロックロールの魅力である。
 ソフトにリマスターされてしまい、刺々しさがなくなった「Rock 'n' Roll」からはヨーコのある種の思惑が感じられる。

 だまされちゃいけない。ジョンのホントの姿は「愛と平和の人」ではない。「ロックンローラー」だ。

| ビートルズとその周辺 | 11:12 | comments:0 | trackbacks:1 | TOP↑

≫ EDIT

これ見て、会社を辞めました「レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥゲザー 」

レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥゲザー
ザ・ローリング・ストーンズ
B00008CHDH

 ローリング・ストーンズはツアーの度に何種類かのライブ映像が発表されるが、最も回数を見ているのが、1981年の全米ツアーを記録した「レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥゲザー 」だ。
 映画館、ビデオ、そして今はDVDとフォーマットを変えながら、かれこれ20年以上に渡って見ていることになる。

 「レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥゲザー 」は、オープニング・シーンが抜群にかっこいい。
 デューク・エリントンの「A列車で行こう」が流れる中、フットボールパンツをはいたミックが軽く飛び跳ねながらステージへ。キースの爪弾く「アンダー・マイ・サム」のイントロ共に巨大な幕が開くと、風船が舞い上がり、飛び出していくミック。バンドの向こうにはスタジアムをびっしと埋め尽くした大観衆がいる。
 ストーンズのライブ映像のなかでも、最もかっこいい瞬間だと思う。

 今度のツアーでは約400人をステージの後ろに座らせる「ホットシート」というのが作られるようで、ミックいわく「オレたちのケツを最高のアングルから見せてやる」らしい。競争率は高そう(ついでにチケットの値段も)だけど、このオープニング・シーンの視点でストーンズを見られるわけで、そこにいる自分を想像しただけで興奮してしまう。

 この映画が日本で公開されたのはツアーから2年後の1983年で、当時のぼくはネクタイをしめて営業をしていた。そして、会社が半日で終わった土曜(週休二日制は、まだ一般的じゃなかった)の午後、梅田花月の地下にあった梅田グランド劇場で公開初日の「レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥゲザー 」を見た。
 でっかいスクリーンで見るローリングストーンズは、意外にも若々しくて、元気に動き回り、健康的な感じすらした。パンクロッカーたちにオヤジ呼ばわりされていたミックや、ジャンキーのはずのキースにパワーがみなぎっていたのだ。
 約2時間に渡って、映画館の暗闇の中でロックンロールし続けるローリングストーンズに、すっかり圧倒されてしまった。

 ぼくは根が単純なので、映画を見た後「40前のオヤジ達があれほどロックしているのに、まだ若いオレがウダウダとサラリーマンなんかやってたら、アカン」と思い込み、しばらくしてから会社を辞めた。
 もともと辞めたくて、何かのきっかけを探していたのだと思うけれど、ストーンズと「レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥゲザー 」がきっかけになったのは、まちがいない。

 このツアーの様子はライブアルバム「Still Life」でも聴ける。
Still Life
The Rolling Stones
B0000084AS


 今のステージとは違って、メンバー5人と、イアン・マクレガンのキーボード、アニー・ワッツのサックス、そして今は亡きイワン・スチュワートのピアノというシンプルなバンド構成。ラフでタイトなストーンズのプレイが楽しめる名盤だ。

| ローリング・ストーンズ | 11:09 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

またもや、動き出したオヤジたち

 あれから3年、ローリング・ストーンズが動き出した。

 様々な情報から、今年8月からツアーがキックオフするのはまちがいないと思っていたけれど、例によって派手な記者会見の様子を見ると、やっぱ興奮するなあ。
 なんと「Start Me Up」と「Brown Sugar」、そして新曲「Oh Not You Again」のライブまで披露。いやはや還暦過ぎても、この軽やかさ。ホント、惚れ惚れする。静止画像のスライドショーはここ

 日本公演の正式発表は、いつものようにクソ忙しい年末か。いずれにせよ、またまたハラハラドキドキの日々が始まった。

| ローリング・ストーンズ | 11:07 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

いつ聴いても、甘酸っぱい気分になる「イノセント・マン」

An Innocent ManAn Innocent Man
Billy Joel


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 数ヶ月前のニュースによると、ビリー・ジョエルはアルコール依存症の治療の為に三度目の入院をしたらしい。同じく、ロン・ウッドもツアーをしていないと酒びたりになるようで「ステージに立っていないと、時間を持て余しちゃう」そうだ。
 酒とクスリと女はロックに付き物かもしれないけれど「大物ミュージシャンの私生活は、いくつになっても想像以上にハードなんだな」と思う。

 ビリー・ジョエルの歌との付き合いは古い。1977年の「THE STRANGER」発売直後から聴いているから、かれこれ30年近くになる。
 改めてディスコグラフィーを見ると、1976年の名曲「ニューヨークの想い」と「さよならハリウッド」が収録された「TURNSTILES」(邦題は「ニューヨーク物語」)から1983年の「AN INNOCENT MAN」まで、毎年のようにニューアルバムをリリースし、しかもすべてのクオリティーが高かった。
 この後にポツポツと発表されたアルバムも決して悪くはないけれど、ビリー・ジョエルの黄金時代は80年代前半までだと思う。

 その時期に発表されたアルバムの中でも、個人的に一番思い入れが強いのは「AN INNOCENT MAN」だ。
 前作「THE NYLON CURTAIN」はシリアスで、底辺にビートルズへのリスペクトが感じられる傑作だった。しかし、「AN INNOCENT MAN」はとことんお気楽なアルバムだ。
 どの曲にも、どこかで聞いた感じのする懐かしさがある。でも、その元ネタが何なのか、よく分からない。このあたりのさじ加減のうまさに、ビリー・ジョエルの才能を感じる。

 リリース当時、ぼくは21歳で遊び盛り。バイクに乗って旅をし、街にいるときは毎晩のように飲み歩いた。
 それほど意識して「AN INNOCENT MAN」を聴いていた訳ではないのに、ほとんどの曲になぜか少し甘酸っぱい思い出が残っている。だから、未だにこのアルバムを聴くと、40歳を過ぎたくせして胸がキュンとすることがある。

| ロックの名盤 | 11:04 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

「Zen Micro」にビートルズを入れてみた

Creative Zen Micro 5GB シルバーモデル(HDDプレイヤー)
B0006J08CA

 GW中はどこへも行かず、PCに向かい原稿を書いていた。
 主夫と平行しながらやっているのはライター業。ヒマな時はホントに何もすることがないのだが、どういうわけか一時に仕事が集中する。さらにPCの前で座っていれば、事務的に消化できる仕事ではないので、文章に詰まるとまったく先に進めない。

 数ヶ月前から使っている「Zen Micro」は、そんな時の強い味方だ。
 ぼくは仕事をする時にBGMがあった方が良い。調子に乗ってくると、ほとんど聞こえなくなるけれど、何か音楽が流れている方が考えがまとまりやすい。さらに煮詰まった時の気晴らしにもなる。
 これまではCDをとっかえひっかえしていたが、「Zen Micro」に好きな曲を手当たり次第にぶちこんでシャッフル再生するようになってからは、そんな手間も無用になった。

 しかし、慣れというのは恐ろしい。
 大好きな曲ばかり約500曲を「Zen Micro」に入れてシャッフルして聴いているのに「あっ、これはこないだ聴いた」「また、この曲かよ」と思うようになってきたのだ。
 そこで、これまでアルバムの曲順を解体するのがイヤだったので、あえて入れなかったビートルズをリッピングして「Zen Micro」に転送してみた。

 できるだけ厳選したつもりが、最終的に60曲もリッピングしてしまったビートルズ。まず、この曲数からぼくにとって彼らがいかに馴染みで大切なのアーチストだったかということを思い知らされた。
 さらに発見したのは、他の曲とごちゃ混ぜにしてランダムに聴いても、ビートルズの曲がそこに決して埋没しないこと。最初だけかもしれないが、彼らの曲がかかるたびに「ハッ!」とするのだ。

 荒々しい初期のロックンロールにおけるジョンの不良丸出しのシャウト、ポールにしか作りえないメロディーなどなど、今さらだけど「やっぱりビートルズは、スゲエーなあ」と思う。

| MP3プレイヤー | 11:01 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

どこまでもかっこいい映画「冒険者たち」

B000QUUEMI冒険者たち 40周年アニヴァーサリーエディション・プレミアム
アラン・ドロン.リノ・ヴァンチュラ.ジョアンナ・シムカス.セルジュ・レジニア, ロベール・アンリコ

 ゴールデンウイークである。テレビでは50キロの渋滞が伝えられ、とある有名観光地の近くにある我が家の周辺も早朝から車の音が騒がしい。
 そんな世間の浮かれ気分に背を向けて、朝からずっとPCに向かっている。ゴールデンウイーク明けが〆切の仕事を一本抱えているのだ。

 これまで、一般的なカレンダーとは無縁の生活をしてきた。混雑する行楽地にも行きたいとは思わない。しかし、ようやく10℃越えた気温、窓の外に溢れる春の日差しを見ていると、どこかに行きたくなる。
 キーボードの動きが止まってしまったので、ひと息入れて、1本の映画を見ることにした。

 見たのは古いフランス映画「冒険者たち」。この映画は極上のタイヤキだ。頭から尻尾の先まで、とにかくかっこいい。オープニングからエンドクレジットまで、一瞬の隙もなくかっこいいシーンが続くという点では完璧な映画だ。

 ストーリー自体はたわいない。男2人、女1人が恋愛と友情の狭間に揺れながら、宝探しをする。ただ、それだけだ。
 まだ若くシャープなアラン・ドロン。対照的に渋い、渋すぎるくらいのリノ・ヴァンチュラ。そして、この映画に永遠の美しさと可憐さを記録したジョアンナ・シムカス。この3人が揃うだけで映像的には無敵のかっこよさ。さらに、アクション映画なのに意識的に熱を抑えた演出が、クールな味を加え、かっこよさに拍車をかける。
 ぼくはアラン・ドロンとリノ・ヴァンチュラがジョアンナ・シムカスの役名である「レティシア」を口にするだけで、しびれてしまう。かれこれ40年前の映画にも関わらず、3人のファッションがちっとも古臭く感じないところもすごい。

 「冒険者たち」が公開された1967年といえば、ビートルズが「サージェント・ペパーズ・ロンリーハーツ・クラブ・バンド」を発表。サンフランシスコを中心にヒッピーたちがフラワームーブメントを起こし、サイケデリックが全盛の年である。
 この映画の中でも前衛芸術家であるレティシアが作るオブジェに、そんな時代の空気を少し感じる。けれど、世界中が極彩色のサイケデリックカラーに彩られていたと思っていた年に、フランスではこんなにクールで、どちらかというと淡色系のかっこいい映画を作っていたのだ。
 「グラン・ブルー」(そういや、この映画でもジャン・レノ扮する「エンゾ」がかっこよかった)以降、フランス映画を見た記憶はない。しかし「冒険者たち」を見ると、フランスは今でもクールでかっこいい映画を作り続けているのではないかと思う。

 過剰に盛り上げすぎて、ゲップがでそうな最近のアメリカ製アクション映画に飽きちゃった人に、ぜひ「冒険者たち」をおすすめしたい。

| BEATな映画 | 10:59 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

ロックファン必見の日本映画「太陽を盗んだ男」

太陽を盗んだ男太陽を盗んだ男
長谷川和彦 沢田研二 菅原文太


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 いくつかのサイトの情報を総合すると、ローリングストーンズの次のツアーは8月21日のボストンから始まるようだ。近頃では新しいツアーが始まるたびに「これが最後かも」と思わせるストーンズだが、メンバーの年齢を考えると大規模な世界ツアーは今回でホントに最後になるかもしれない。日本に来るのは来年の春だろうか。

 ストーンズの来日がささやかれるようになると、いつも思い出す映画がある。「太陽を盗んだ男」という映画だ。
 テレビで放送されることもほとんどなく、近くのレンタルビデオ屋にも並んでいなかったので、ぼくにとって「太陽を盗んだ男」は半ば幻の映画だった。でも、数年前のDVD化によって、封切り以来25年ぶりに見ることができた。「太陽を盗んだ男」は、未だに色あせない傑作だ。

 とても面白い映画なので、ストーリーの詳細にはあまり触れないでおきたいが、簡単にあらすじを書くと「普通の中学教師が原子爆弾を作り出し、それをネタに政府を脅迫する。彼の要求は日本でローリングストーンズにライブをさせろ」である。
 既にストーンズは計4回も来日公演を行っているので、今では「太陽を盗んだ男」の設定にはあまりリアリティーがない。しかし、この映画が公開された1979年当時、ロック好きには「ストーンズを来日させろ」という要求が、とても痛快だった。

 1973年にストーンズの来日公演が武道館で開催されることになった。
 チケットも発売され、あとは来るのを待つばかりという段階になって、メンバーの麻薬による逮捕歴が問題になり入国ができなかった。つまり「太陽を盗んだ男」の公開当時、ストーンズは来日できないアーチストで、彼らが来るのを邪魔しているのは頭の固い日本政府だったのである。
 相変わらず古臭い映画が主流だった日本映画(ちなみに1979年の興行成績トップの日本映画は女工の悲劇を描いた「ああ、野麦峠」である)に新しい風が吹き、自分たちの気持ちを分かっている映画が誕生したと感じたのは、ぼくだけではないはずだ。

 「ROCK JET」という音楽雑誌の05号に、長谷川和彦監督のロングインタビューが掲載されていて、それによると「撮影開始前は実際にストーンズを呼んで、ラストは武道館でのライブと屋上の対決シーンをカットバックするつもりだった」らしい。
 もちろん、この話は実現せず、ストーンズはポスターの中の写真でしか登場しない。しかし「本気でストーンズを呼ぶつもりだったのかもしれないな」と感じさせる無茶苦茶なパワーが「太陽を盗んだ男」には満ち溢れている。
 例えば、沢田研二と菅原文太のラストの過剰なまでの対決シーン。「二人ともあまりに不死身でリアリティーがない」ともいえるが、見る者を力でねじ伏せて納得させてしまうパワーがこの映画にはあるのだ。

 さらに中学教師と刑事が皇居前で出会う冒頭のエピソードは、おそらく今では撮影不可能だろうし、執拗に続く原爆の製造シーンからも、長谷川和彦監督の骨太の主張が感じられる。原爆を製造中の沢田研二がボブ・マーレーの「ゲット・アップ・スタンド・アップ」にあわせて踊るシーンは、今見てもホントにかっこいい。
 日本映画には皆無のロックンロールを感じさせる映画。「太陽を盗んだ男」はロックファン必見の一本だと思う。

| BEATな映画 | 10:56 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

2005年04月 | ARCHIVE-SELECT | 2005年06月

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。