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矢野顕子の世界に引き込まれる「SUPER FOLK SONG」

SUPER FOLK SONGSUPER FOLK SONG
矢野顕子


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 矢野顕子は音楽的な才能に満ち溢れた人だ。ファンの人にとっては当然のことかもしれないけれど「SUPER FOLK SONG」を聴くと、つくづくそう思う。
 カバー曲を弾き語りする「SUPER FOLK SONG」はピアノ一台を小さなホールに持ち込んで一発録りで録音されたらしいが、聴いているうちにそんなことは忘れてしまい、グイグイと矢野顕子の世界に引き込まれる。

 まず、作者の佐野元春に「初めて聴いた時はなんてことだと思った。でも、何度も聴いているうちに、それは心地より驚きに変わった」と言わせた「Someday」がすごい。あの暑苦しいまでに歌い上げるサビを矢野顕子はマイナーコードに変えて、さらりと唄う。佐野元春が感情を最大限に盛り上げてから歌い上げるサビを、矢野顕子はふわりと落とす。でも、曲から伝わってくる感情はあの「Someday」のままで、聴いた後になんだか不思議な気持ちになる。
 矢野顕子の唄のうまさがストレートに伝わってくるのがヤングラスカルズのカバー「How Can I Be Sure」。この曲では例の矢野節ではなく、珍しく普通の唄い方をしているのだが、サビでのシャウトは背中がゾクゾクするほど。
 そして、全編に流れるピアノの繊細で力強い響きは、歌声と同じくらいか、それ以上に魅力的だ。

 「SUPER FOLK SONG」は観客を入れないライブ録音なので、曲間の余計な拍手がない。ホールの残響を絶妙に残した録音も素晴らしいので、矢野顕子の歌とピアノを独り占めできる。冬の夜におすすめの「SUPER FOLK SONG」は、少しボリュームを上げて聴いて欲しい1枚だ。
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| ロックの名盤 | 14:20 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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久しぶりにオーディオの話

 数ヶ月前から、今年の初めに中古で買ったJBL・J216PROというスピーカーの鳴りが良くなってきた。ハイハットはバシャーンと気持ちよく鳴り響き、ベースの音もどっしりとして重心が低い。ボーカルもくっきりと立ち上がり、とても2万円の中古スピーカーとは思えない音がする。
 おそらく、前のユーザーが長らく使っていなかったか、あまり大きな音で鳴らしていなかったのだろう。毎日のように大き目の音で鳴らし続けているうちに慣らし運転が終わり、本来の性能を発揮するようになったのだと思う。
 かれこれ20年以上前のスピーカーなので、程度の良い中古を見つけるのは難しいかもしれないけれど、JBL・J216PROは格安で良い音を聴きたい人にはおすすめの一本だ。

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 ぼくがオーディオの世界に首を突っ込むようになったきっかけは、定番の小型スピーカーのBOSE・101MMを中古で買ったこと。ミニコンポのスピーカーをBOSE・101MMに換えてみると、これまでとはまったく違う音が出てきた。今から思えば、それほど良い音でもなかったけれど、聴き慣れたはずの音が別物に変身するのでCDを聴くのが楽しくなり、日常生活の中に再び音楽が深く入り込むことになった。
 こうなると「アンプを変えて、CDプレイヤーを良いのにすれば、どんな音がするんやろ」という音質に対するスケベ心が芽生えてくる。しかし、今やオーディオはマニアの世界。昔のように入門者向きの機器はあまりなく、ネットでメーカーやショップのホームページを見ると新品はかなり高価である。
 それならばと主に中古で揃えた、現在のぼくのオーディオシステムは総額6万円程度。アンプだけはDENONのPMA-390Ⅳを新品で買ったが3万円弱、チューナーに至ってはジャンク品で480円だった。これでもそれなりの音はする。おまけに我が家は山の中の一軒屋、ボリュームを少々上げても苦情は来ない。でかい音で鳴らせるというのも、ロックやジャズを聴く時の重要な要素だ。

 思い返せば、ぼくが高校生の頃はオーディオが全盛時代。ちょっとお金持ちの家にはでかいステレオがデーンと置いてあったような気がする。それで音楽をほとんど聴かなくても、応接間にステレオがあるのが一種のステータスシンボル(もしくは本棚に百科事典と洋酒)だった。
 ぼくも入学祝に近くのダイエーで安物のコンポ(こういう呼び名が一般的だった。スピーカー、レコードプレイヤー、アンプ、チューナーの4点セットで、ちょうどテクニクスからコンパクトな縦型のコンポが出てかっこいいなあと思った)を買ってもらった。
 フロア型のスピーカーとラックに収めれたコンポは、ぼくの小さな部屋をさらに狭くしたけれど、それまでのポータブルなレコードプレイヤーとは別次元の音がした。

 オーディオが衰退したのはレコードがCDに変わったことが大きいと思う。レコードプレイヤーがなくれば、コンポは小さくできる。場所をとるでかいコンポよりミニコンポが主流になり、今やipodに代表される手のひらサイズのMP3プレイヤーの時代である。
 ぼくも近頃ではMP3プレイヤーを手放せなくなったが、カタログを見ていると「ちょっと待てよ」と思う。MP3プレイヤーのウリ文句は「この小さいボディに何千曲も入りますよ」だけど、それは量の問題。音の質はどこに行ったのだろうか。
 忘れちゃいけないのは、MP3に代表される音源は圧縮されていて本来の音ではないということだ。その辺を考慮してネットによる音楽配信専用のミックスをされたバージョンもあるらしい。この圧縮音源はイヤホンや小さなスピーカーで聞いている分にはアラは目立たないが、MP3プレイヤーをオーディオ・アンプに直結して、音量を上げて聴いてみると、間引かれたスカスカの音であることが分かる。
 MP3プレイヤーは音楽の新しい楽しみ方を与えてくれたと思う。でも、ぼくにとってMP3プレイヤーで聴く音楽はおやつで、メインディッシュにはなりえないのだ。

 忙しい毎日の中で時間を見つけて1枚のCDに向き合う時、ぼくはできるだけ良い音で聴きたい。量やコンパクトさだけではなく、質にもこだわりたいのだ。少し前までは「オーディオにお金をかけるぐらいなら、たくさんCDを買ったほうがいい」と思っていたけれど、少し良い音で聴くだけで音楽は驚くほど豊かになる。真剣に音楽と向き合いたいなら、部屋のスペースを少し削っても、良い音の出るオーディオセットを揃える価値はある。

| オーディオのお話 | 14:18 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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仕事の時に頼りになる1枚「LIVE IN PARIS」

ライヴ・イン・パリライヴ・イン・パリ
アンソニー・ウィルソン マイケル・ブレッカー ジョン・クレイトン


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 夏の終わりから、ちょっと大き目の仕事をしている。隣町で取材をして、合計で2万字以上を書くのだが、〆切は今月末。残りはあと20日なのに、なかなか文章を書こうという気持ちに火がつかない。毎度のことながら、ある程度追い込まれないとエンジンがかからないのだ。
 書く気にならないと仕事が進まない、パソコンの前に座ってキーボードを打てば事務的に進む仕事ではないのが、ライターという仕事の厄介なところ。経験的に書き出しと終わりさえ決まれば、なんとかなるのは分かっている。でも、すんなり出だしの文章が頭から湧き出すケースは少ない。そこでCDを聴いたり、DVDを見たり、散歩したり、こうしてBlogを書いたりして考える。いや、考えるふりをする。
 そして、無駄な時間をつぶしているうちに、どう考えても今日から書き出さないと〆切に間に合わない日がやってくる。追い込まれて、ようやく重い腰を上げると、何とか書き出せるから不思議だ。火事場の馬鹿力というやつかもしれない。

 前置きが長くなったけれど、〆切が迫ってきて原稿を書き出す時に、いつもBGMとして繰り返し聴いているのがダイアナ・クラールの「ライブ・イン・パリ」だ。
 理由は分からないけれど、これを聴きながらディスプレイに向かうと、なぜか書き出せる、煮詰まった文章にも出口が見えてくる。もはや、おまじないの1枚であり、仕事の時に最も頼りにしている1枚だ。
 ダイアナ・クラールを聴き始めたきっかけは、ネットで「エルビス・コステロ、美人ジャズシンガーと結婚」というニュースを見たこと。「あの辛口のコステロのおっさんが結婚するジャズシンガーって、どんなんやろ」という興味本位で「ライブ・イン・パリ」を買ったのだが、オーソドックスな選曲と手堅いバックのプレイ、少しけだるダイアナ・クラールのボーカルで、すぐにお気に入りの1枚になった。

 でも、ぼくにとって「ライブ・イン・パリ」はBGM以上ではない。大事なアルバムなのに、今では仕事の時以外に聴くことはない。このアルバムは抜群に心地良く、仕事が進む。CDのトレイにのせる回数も多いけれど、真剣に聴くには何かが欠けている。ジャズのフォーマットを借りたポップソングのような気がする。それは決して悪口ではなく、ポップスのようにサラリと聞き流せる感覚こそが、ダイアナ・クラールの魅力なのだと思っている。

 ちなみに、ダイアナ・クラールのニューアルバムは「Christmas Songs」
 タイトル通りに、すべてがクリスマス・ソングのカバー。多分、これは買わないと思うけれど、やっぱりダイアナ・クラールは良くも悪くもポップなジャズだ。

| ジャズの名盤 | 14:15 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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今頃になって良さが分かった「ケルン・コンサート」

ザ・ケルン・コンサートザ・ケルン・コンサート
キース・ジャレット


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 かれこれ20年以上も前のこと。絵を描いたり詩を読んだりする、アートの雰囲気の女友達から「これ良いから聴いてみて」とキース・ジャレットの「ケルン・コンサート」を録音したカセットテープをもらったことがある。
 バイクを乗り回し、ガタガタうるさいロックばかり聴いていたその頃のぼくにとっては珍しいタイプの友達、しかも女の子からもらったテープってことで、早速聴いてみたけれど、たったの5分で飽きてしまった。「やっぱ、キースといえばリチャードやね。ちんたらしたピアノのソロなんか聞いていられるか」てな調子である。
 それ以来聴いたことのなかった「ケルン・コンサート」だが、少し前に紹介した「マイルス・デイヴィス・アット・フィルモア」でのキース・ジャレットの過激なオルガンとはまったく異なる音色だった記憶があり、今頃になって何だか気になる。

 CDを買ってみると「あの時のわしはなんも考えてへんアホやった、ごめん」という気分になるほどの素敵なメロディーの洪水。特に「Part I」の26分にも及ぶソロは、これがホントに全部アドリブ、つまり即興によるものかと思うほどの見事の構成力。ヒラヒラと流れて26分という時間の長さを感じさせないのに、ピアノの一音一音に漂う緊張感と絶え間なく湧き出る新しいメロディー。これが全部アドリブなら神がかり的なプレイだと思う。何かが降りて来たのにちがいない。
 たまに聞こえる「オーッ」とか「ウーッ」というキース・ジャレットの自己陶酔のうめき声にどうにも馴染めないけれど、今頃になって「ケルン・コンサート」は愛聴盤になりそうだ。

| ジャズの名盤 | 14:07 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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