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久しぶりに酒田へ

 今月の16日から24日まで、新潟と山形に行ってきた。
 妻と子どもの里帰り、ちょっとした仕事も兼ねた旅だったけれど、約10年ぶりに訪れた山形の酒田市は「酒田まつり」の真っ最中だった。

 酒田はかつて数ヶ月間だけ住んだことのある街で、今もつきあいのある友人が何人もいるが、祭りにあわせて行ったわけではなく、まったくの偶然。
 ぼくは混雑や人ごみが苦手なので、最初はあまり気乗りしなかったが、なんでもこのお祭り、今年で400周年らしい。それを記念して、高さ20メートルの巨大な山鉾が復活するという。「それなら行ってみっか」と街に繰り出すと、友人が「これまでにない人出」というほどにぎわっていた。

酒田まつり

 酒田の名所、日和山に続く道沿いには夜店が立ち並び、多くの人が初夏の夜をそぞろ歩いていて、とても良い感じだった。たこ焼き、お好み焼きといって定番の食べ物を売る店も多いけれど、外国人がちょっとエスニックな食べ物を売る店もあって「夜店も変わったもんだなあ」と思う。
 でも、昔と変わらぬ射的屋の風情には、やっぱりノスタルジーを感じるな。

 Youtubeを検索してみると、100年ぶりに復活した山鉾の点灯式の動画あった。



 普段は音楽関係の動画しか見ないけれど、いろんなものがアップされているのね、ここには。


 次の日は朝から自転車に乗って、市内観光。
 酒田には数ヶ月住んでいたけれど、毎晩とにかく酒を飲んだという記憶しかなく、行ったことがあるのは「土門拳記念館」と「本間美術館」くらい。せっかく来たのだからと山居倉庫に行ってみる。

山居倉庫

 山居倉庫は明治時代に建てられた農業倉庫で、今も現役で使われているらしい。
 まだ観光客のいない午前9時前の山居倉庫はなかなか風情のある場所で、特に倉庫の裏のケヤキ並木が美しかった。

山居倉庫ケヤキ並木

 このケヤキ並木はどれもかなりの大木で、倉庫を日差しや風から守る役割をはたしているらしい。自然を活かした倉庫造りがされているんだなあ。


 昼食は酒田の有名なラーメン店「満月」へ。
 これも狙って行ったわけではなく、自転車で走っていたら、たまたま道端にあったので入店。名物と書かれているワンタンメンを頼む。
 これが北海道のこってりスープ、太目のちぢれ麺のラーメンに慣らされてしまった口には、実に新鮮な味。あっさりとした魚介系のスープに、細麺、とろりとしたワンタンもなかなか美味だった。

 このお店、友人にいわせると「地元の人間はあまり行がねえ」らしく「もっと、うまい店があんぞ」ってことだが、新潟や山形の麺類はラーメンに限らず、そばもうまい店が多くて、かなりレベルが高いと思う。


 そして、どこに行っても癖は直らないもので、新潟や山形でもリサイクルショップを巡り、中古ギター探しをした。幸か不幸か、予算に見合うギターはなったけれど「ここはすごい!」と思ったのが、酒田のハードオフだ。

 下手な楽器屋よりも充実したライナップのギターが並んでいて、フェンダー、ギブソンはもちろんのこと「わっ、テスコのビザール・ギターが3台も」「グレコのバイオリン・ベースも3台並んでるぞ」「おまけにグレコのブライアン・メイ・モデルもあるやん」という感じで、これまでに入ったリサイクルショップの中では、最強の品揃え。ただ、ぼくの感覚からすれば「2割ほど高いかな」と感じる値段が残念なところか。


 ってなわけで、今回の旅のおみやげになったのは、新潟の楽器店の「あぽろん」で買ったKORGのクリップチューナー。

KORGのクリップチューナー

 実売価格2千円弱ながら、KORGらしい反応の速さがあって、実に使い勝手が良い。
 機能は最小限だけど、ギターの振動を感知するピエゾの他に内蔵マイクとの切り替えも可能で、パネルのバックライトも二段階に明るさが調節できて見やすい。

 「ちょっと高いなあ」と感じていたクリップチューナーだが、このコストパフォーマンスはなかなかすごいかも。
 これまで普通のチューナーを使っていたけれど、やっぱりアコギにはクリップチューナーが便利です。


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| BEATな話題 | 18:05 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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ホントにレスポールは重た過ぎるのか?

 前回のエントリーで「ぼくは、もう大丈夫」と書いたものの、未だにキヨシローの訃報をひきずっている。
 彼のいない世界で生きているということが、何だか素直に受け入れらないのだ。頭の中に浮かぶのはRCやキヨシローの唄ばかりだし、ギターを手にしても、ついつい「雨上がりの夜空に」のリフを弾いちゃう。

 でも、そろそろギターに関する話を書いてみようと思う。今回は「レスポールは重た過ぎるのか?」ということについて。

 実は今回の内容を思いついたのは、久しぶりにRCサクセションの「ベイビー!逃げるんだ」を聴いたからだ。



 これは1983年にシングルカットされた曲で、詩の内容からは「サマーツアー」の続編のようなものを感じる。
 そして、二番に「生意気な奴だったのに、何だか素直になったな。レスポールが重た過ぎたんだろ」という歌詞が出てくるのだ(そんな風に唄いながら、チャボが黒のレスポールをかき鳴らしているあたりもステキだ)。

 はたして、レスポールはホントに重いのか?手持ちのレスポールの重さを体重計で量ってみた。

 結果はエピフォンのレスポール・ゴールドトップが4キロ、グレコのEG500も4キロだった。手に持った感じでは中空ボディのEG500のほうが「若干軽いかな?」という印象もあるのだが、これは200グラム単位でしか表示できない体重計の誤差だろう。
 比較のために量ったフェンダージャパンのテレキャスターが3.8キロだったから、それほど重いというわけでもないし、2台のレスポールを弾いていて「こりゃあ、重いなあ」と思ったこともない。

 さわるどころか見たこともないが、今やマンションすら買えそうな値段がついている59年製のレスポールや、新品が買えるとはいえ高価なヒストリックコレクションのレスポールにも、4キロ程度のものが多いという話を読んだことがある。だから、ホンモノのレスポールだって、それほど重いギターってわけでもなさそうだ。

 それにも関わらず、多くの人の認識として「レスポールは重いギター」というイメージがあるのはどうしてだろう?
 実はキヨシローが「ベイビー!逃げるんだ」を書いた前後、70年代終わりから80年代にかけて、新品で買えたレスポールには重いものが多かったらしいのだ。
 本家のギブソンはもちろんのこと、当時しのぎを削るようにしてホンモノのフルコピーを追求し、未だにマニアの間では高い評価のある国産のトーカイ、グレコあたりのコピーモデルにも重いレスポールが多かったようだ。
 使われている木材の違い、ギターを作る時の考え方の違いなどが理由なんだろうけど、その頃にぼくが手にしたレスポールもずっしりと重かった記憶がある。

 ぼくが懇意にさせていただいている釧路の中古楽器店「弦六本舗」でも、80年前後に製造されたグレコのレスポール・カスタムを取り扱ったことがあって、なんと5キロオーバーだったそうだ。
 店長さんも「あれはずっしり重いギターだったなあ。まあ、音はすごく良かったですけど、よっぽど体力がないと立って弾き続けるのは無理だろうなあ」と笑っていた。

 最後は「レスポールは決して重いギターではないが、中にも重たいものもある」という当たり前の結論になってしまうけれど、歌詞の中で「レスポールが重た過ぎたんだろ」とサラリと唄うキヨシローは「やっぱり、すごいな」と思ってしまう。

 あなたのレスポールは何キロですか?

| エレキギター、再び | 17:21 | comments:10 | trackbacks:0 | TOP↑

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私的な過去とともに、忌野清志郎を偲ぶ

 心のどこかに喪失感を抱いたままのGWも終わった。
 ぼくはカレンダーとは関係のない仕事をしているので、GW中も〆切がジワリと迫ってきた仕事をポツポツとこなしてはいたけれど、どこかうわの空だった。

 そして、夜になると上滑りな言葉で追悼をするニュースキャスターに背を向け、ブラックニッカを片手に、Youtubeでキヨシローの映像を探しては、PCのディスプレイをながめ続けた。

※この先は、キヨシロー関連の多くの映像が出てきます。よろしければ「続きを読む」をクリックしてください。

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| BEATな話題 | 22:31 | comments:8 | trackbacks:0 | TOP↑

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今もキヨシローのシャウトが聴こえる

 昨晩、風呂から上がり、寝る前に飲むブラック・ニッカの水割りに口をつけながらテレビをつけると「ロック歌手の忌野清志郎さんが2日、がん性リンパ管症のため死去」というニュースが流れていた。
 信じられなかった・・・・。

 もちろん、キヨシロー(彼を追悼する文章だけど、清志郎さんでもなく、清志郎氏でもなく、ぼくはあえてカタカナで名前を書きたい)が、がんと闘病していたのは知っていた。でも、キヨシローは「もう一度帰ってくる」と信じていた。
 一度、がんを克服して、カムバックしてからのキヨシローは闘病前よりも喜びにあふれたような声や表情で、再びシャウトしていた。それだけに、大きな喪失感を感じる。

 でも、あまり湿っぽいことは書きたくない。そんなの彼にふさしくないような気がする。 
 キヨシローはロック歌手ではなく、ロックンローラーであり、ソウルシンガーであり、よき父であり、サイクリストだった。



 愛してます。これからもあなたのシャウトを聴き続けます。
 そして、心からご冥福をお祈りします。

| BEATな話題 | 08:50 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

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