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タイトルに「雨」のある唄特集-国内編

 数日前から、ようやく晴れ間の見られるようになった北海道ですが、今日はこの前の続き、雨の唄の特集です。

 日本語の唄で雨と入るもので、ぼくが真っ先に思い浮かべるのは、シュガーベイブの「雨は手のひらにいっぱい」だ。



 山下達郎の唄には、雨に関する名曲が多いと思う。たとえば「スプリンクラー」なんかも名曲中の名曲。

 タイトルに雨は入らないけれど「さよなら夏の日」でも雨という言葉が、実に効果的に使われている。



 未だに鮮度の落ちない「雨にぬれながら、ぼくらは大人になっていくよ」というフレーズのすごさ。
 この曲は晩夏に聴くと、今でも胸がキュンとする。

SONGSSONGS
SUGAR BABE


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 山下達郎、大貫妙子が在籍していたことで知られるシュガーベイブの「SONGS」は、日本のポップスの屈指の名盤だ。このアルバムの素晴らしさも、リリースから30年以上が経過しても変わることがない。


 次は佐野元春の「レインガール」。



 2000年に行われた20周年記念ライブからの映像だが、オリジナルとは異なるワルツバージョンでプレイされた「レイン・ガール」はエンディングもお茶目。「キミと踊りたい」ではなく「キミと少しだけ踊りたい」と唄うあたりに、佐野元春らしいセンスを感じる。

 そういえば、とあるインタビューで「レインガール」は山下達郎の「高気圧ガール」へのアンサーソングだったという話を読んだことがある。


 雨といえば、個人的に忘れられない唄が、ギター好きでも知られる野口五郎の「オレンジの雨」だ。



 この曲がリリースされたのは1973年。ぼくは小学5年生で、買ってもらったばかりの自分用のラジオで「オレンジの雨」をよく聴いた。ちょうど、音楽というものを自分の好みで、意識的に聴き始めた頃だった思う。
 未だに雨の日に「おーれんじのあーめーのなかぁー、ぬうれてるうー」と口ずさんでしまうから、幼い頃の記憶というのはおそろしいものだ。


 最後はこの曲。松任谷由実の「雨のステイション」。



 たぶん、これまでブログに松任谷由実のことを書いたことはないと思うけれど、実はかなり好きです。
 特に荒井由実時代のアルバムが好きで、あのころのちょっとせつない唄がたまらない。この「雨のスティション」あたりは、せつない唄の筆頭格ですな。

 この曲が収録されているアルバム「COBALT HOUR」も名盤。

COBALT HOURCOBALT HOUR
荒井由実 松任谷正隆


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 このアルバムも「SONGS」と同じく、今から30年以上も前にリリースされたにも関わらず、未だに鮮度が落ちない。
 当時、21歳だった荒井由実の感性もすごいと思うけれど、バックを固める細野晴臣、林立夫、鈴木茂のティンパンアレーのプレイも素晴らしく、松任谷正隆のアレンジも秀逸。
 せつない曲ではないけれど「CHINESE SOUP」あたりを聴けば、このユニットのすごさがよーく分かると思う。
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| BEATな話題 | 23:34 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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タイトルに「雨」のある唄特集-海外編

 ぼくの住んでいる北海道には梅雨がないといわれている。
 そして、6月は1年のなかで最も過ごしやすい時期のはずなのだが、このところ数週間に渡って、すっきりしない天気が続いている。雨やくもりの日が多くて、晴れ間を見た記憶がほとんどないのだ。
 「蝦夷梅雨」という言葉もあるくらいだから、北海道でもこの時期に雨が降り続くことは珍しくない。でも、この長さは少々異常だ。そういえば、この冬は雪がやけに少なかった。これも地球温暖化の影響だろうか?

 こんな天気が続くと「晴れてくれ!」というのは切実な願いになってくるけれど、開き直って、ぼくが好きな雨の唄の紹介でもしてみよう。

 まずはクリデンス・クリアウォーター・リバイバル、通称CCRの「雨を見たかい」。



 個人的には雨の唄の大定番と思っていた曲。しかし、ここで唄われている雨が、実は雨ではないと知ったのは、数年前のことだ。

 サビの歌詞は「オレは知りたい。キミが天気の良い日に降る雨を見たことがあるのかを」というような意味。もちろん、たまに見ることのある晴れているのに降ってくる雨と考えることもできるが、この唄がリリースされた1970年代初頭はベトナム戦争が激しかった時期である。
 二番ででてくる「Sun is cold and rain is hot」というフレーズからも分かるように、ここでの「雨」は「ナパーム弾」のことで、ベトナム戦争で大量に使用された爆弾が空から降ってくる様子を表しているらしい。
 つまり「雨を見たかい」は「爆弾を見たかい」という意味がこめられたプロテストソングで、アメリカでは放送禁止になった。

 とはいえ、この曲が雨というフレーズがでてくる名曲ってことに変わりはない。
 コードも意外に簡単なので、弾き語りのレパートリーの1曲に入れておくのもいいかもしれない。実は、ぼくも酔っ払った時に、アコギでコードをかきならして唄っちゃう1曲です。


 次はレッド・ツェッペリンの「レイン・ソング」。



 ライブでもレコードの音の中にある美しい幽玄さが感じられるのは、曲そのものが素晴らしいからだろう。ポジティブな内容の歌詞も、これまた素晴らしい。
 梅雨時というよりも、春先のやさしくそぼ降る雨の日に聴きたい曲だが、ぼくは雨の唄となれば、これを外すことはできない。


 そして、雨といえば忘れちゃいけないのが、この曲。ビートルズの「レイン」。



 1966年のリリース時は「ペパーバック・ライター」のB面として、ひっそりと発表され、現在も「パスト・マスターズVol.2」の片すみに収録されている曲だが、これはビートルズ屈指の名曲だと思う。今聴いても、すごくアグレッシブで、ポップとアートの狭間を漂うような曲ではないだろうか。
 ポールのベースラインもすごいが、この曲ではリンゴのドラムが冴えまくりだ。改めて、リンゴ・スターというドラマーのすごさを感じさせてくれる1曲でもある。


 最後は「あめ、あめ、ふれふれ、もっとふれ」的なニュアンスも感じられるクラプトン版「雨の慕情」といえそうな「レット・イット・レイン」。クラプトンの初ソロアルバムに収録されていた初期の名曲だ。



 一時期は「バッジ」とのメドレーで、ライブのハイライトのひとつとしてプレイされていたが、近ごろではセットリストに加わることのないのが残念。

 上の映像は1985年のライブビデオからのもので、愛器だったブラッキーを引退させる直前のライブ。その晩年の勇姿が見られ、枯れた中にも鋭いトーンが聴けるという点ではなかなか貴重かも。

| BEATな話題 | 18:45 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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3カ月ぶりに弦六本舗さんへ

 先週の土曜日、釧路にある中古楽器店・弦六本舗さんへ行ってきた。
 「前に行ったのは、まだ雪が残っているころだったなあ」と自分のブログを読み返してみると、3カ月ぶりに訪問だった。

 前回に行った時はお店が2階から1階にお引越ししていたが、今回は国道沿いの倉庫の壁面に大きな看板が設置されていた。

弦六本舗看板

 何度か書いたけれど、お店があるのは少々怪しい場所。
 ぼくも初めて行った時は「ホントに、ここでいいのか?」と不安になった。でも、看板という目印が付いたので、これで初めて行く方でも大丈夫かも。

 弦六本舗さんは開業して、そろそろ2年になるらしいが、行く度にお店としての体裁が整っていく気がする。
 個人的には「いつまでも隠れ家的なお店であってほしい」と思うけれど、ぼくの住んでいる北海道の道東地方には本格的な中古楽器店がなかっただけに、今後の展開にも期待したい。

 今回は店内の写真も撮ってきた。
 まず、壁一面にかかっているギターはこんな感じ。

弦六本舗店内

 意外にアコギも多くて、積み重ねられているハードケースの中からハカランダ指板のマーティンが出てきたりするから、びっくりさせられる。

 試奏用に用意されているアンプは「Fender USA Super Champ XD」と「VOX AC15」。それなりの音量で、納得のいくまで気になる一本を試すことができる。
弦六本舗試奏コーナー

 実は今回お店の行ったのは、いつものように仕事のついでではなく、店長さんから「好きそうなギターが入荷しましたぜ」というメールがあったからだ。
 添付されていた写真を見ると「これ、欲しいよお」とよだれの出そうな一本で、それを確かめに行ったのだが、最終的に買ったのは別のギターになってしまった。

 弦六本舗さんで、初めて買ったギターは超軽量級。トーンもぼくがこれまで買ったギターにはない個性的なものだ。
 そのギターについては、近いうちに詳しく書くつもりです。

| エレキギター、再び | 08:10 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ビートルズを日本に呼んだ男

4877283277ヤァ!ヤァ!ヤァ!ビートルズがやって来た―伝説の呼び屋・永島達司の生涯
野地 秩嘉
幻冬舎 1999-09

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 新潟と山形に行っている間に、たまってしまった仕事を何とか片づけ、ようやく本を読める余裕ができた。
 巷で飛ぶように売れているらしい村上春樹の「1Q84」も早く読みたいけれど、アマゾンですら在庫切れで、何とユーズド品にはプレミアが付いている。これは騒ぎがおさまってからゆっくりと読むしかないな。

 というわけで、ぼくが読んだのは「ヤァ!ヤァ!ヤァ!ビートルズがやって来た―伝説の呼び屋・永島達司の生涯」という本。タイトルからするとガチガチのビートルズ本かと思ってしまうけれど、ビートルズを日本に呼んだプロモーター、永島達司の人物像に迫るノンフィクションだ。
 当時は「呼び屋」といわれた創成期のプロモーターの仕事がどのようなもので、いかに発展していたかを描いた読み物として、とても面白かった。

 永島達司という人はキョードー東京を設立して、日本でビートルズのコンサートを実現させた後も、海外のアーチストを招聘した。
 しかし、1971年にレッド・ツェッペリンが来日した時、今でも語り草になっている滅茶苦茶な振る舞いにすっかり参ってしまったらしく、それ以降は海外のロックバンドの招聘はキョードーの下請けをしていたウドーに譲るようになったそうだ。

 そんな永島だが、あこぎな商売が当たり前だった呼び屋の世界において、お金にきれいなことで有名。しかも、きれいな英語を話せた。
 そのせいか、ビートルズはもちろんのこと、ナット・キング・コール、カーペンターズなど多くのアーチストから親しまれ、信頼のおけるプロモーターと高く評価されていたらしい。

 実はエピローグの部分で、ミック・ジャガーと永島との間での興味深いエピソードがあった。
 今もストーンズ・ファンの間では語り草である1973年の来日が法務省の入国拒否で中止になった時、ロサンゼルスに出張していた永島にミックから「お願いがあるから、明日、会ってほしい」と電話がかかってきたという。
 ホテルで待っていた永島の前に現れたミックは髪を短く切り、濃紺のネクタイをしめ、グレーのスーツを着てきて、こういった。「オレたちは犯罪者じゃない。どうしても日本に行きたいから、日本の領事館まで連れて行ってくれないか」。
 永島とともにタクシーで領事館まで行き、ミックはひとりで領事に会った。しばらくしてから、ミックは青ざめた顔で領事館から出てきたという。

 ミックの奮闘もむなしく、初来日が中止になったのは歴史的な事実だが、そのウラでこんなやり取りがあったのだ。
 何とかストーンズとして来日するために、髪を切り、コンサバティブな服装で日本領事館に行くミック。ちょっと前なら「昔からロックンローラーじゃなくって、ビジネスマンだっただなあ」とあきれただろう。でも、今は逆に「あっぱれな奴だ」と思う。「ふざけんな、日本人」と悪態をつくよりも、たった一人で日本領事館に直談判に行くほうが、よっぽど勇気がいるし、大変なことではないだろうか。

 いずれにせよ、ビートルズは国賓並みの警備の元でコンサートを開催し、ストーンズは入国を拒否された。ストーンズが何度も来日しちゃった今となっては信じられないこともしれないが、40年ほど前の日本ではロックは異端の音楽で、不良が聴くものだったのである。

 最後は紹介した本のメインのエピソードとなっているビートルズの武道館ライブの映像から、オープニングの「ロックンロール・ミュージック」を。



 E.H.エリック(この名前が分かる人は40歳以上だろうな)の司会ぶりが斬新!
 エピフォン・カジノを抱き、がに股気味でシャウトする若きジョンが、かっこいいですな。
 この武道館コンサート、Youtubeで「ビートルズ 武道館」と検索すれば、すべてが見られます。

| ビートルズとその周辺 | 20:52 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

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