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御茶ノ水の楽器街で頭がクラクラ、見上げればニコライ堂

 お久しぶりです。1カ月近くぶりのエントリーになりましたが、これには深い訳がありまして・・・・。

 実は9月の中旬から、このところ毎年恒例の新潟への旅行に出かけていた。1週間ほど家を空けて、帰ってから「さあ、たまった仕事を」とPCの電源を入れてみると、マザーボードから「プー、プー」という音が鳴って、Windowsが立ち上がろうともしない。PCに詳しい友人に電話をして、相談しながら色々な対処はしてみたものの「プー、プー」という音は止まらず、久しぶりにPCを買い換えることになった。

 昨日届いた新しいPCのOSは当然ながら「Windows7」なわけだが、XPに慣れ親しんだ身には操作自体に違和感がある。まあ、サクサクと動くので快適なのだが、操作そのものにはしばらくの間は慣れないような気が・・・・。
 この辺のPC話については次のエントリーで書くことにして、今回は御茶ノ水で思ったことを。


 採算が取とれなかったのか、最寄の空港からの直通便がなくなったので、新潟に行く時は羽田空港を経由して新幹線に乗り継ぐようになった。この行き方だと、余計な時間はかかるし、不便といえば不便なのだが、東京で時間が作れるようになった。

 大阪で生まれ育ったぼくにとって、東京は今でも未知の街だ。あちらこちらにある街の名前はよく知っていても、新宿と渋谷、池袋、神田あたりにしか足を踏み入れたことがない。
 そんなぼくにとって、楽器の街として有名な御茶ノ水は一度行ってみたかった場所だった。今回、新潟行きの途中で初めて御茶ノ水の街を歩いたのだが、まず通りの両側に楽器店が軒を連ねている様子に圧倒される。それでも気合を入れて何軒かの店に入ってみたが、5店ほどを見ただけで、あまりのギターの本数の多さに、頭がクラクラしてきた。
 北海道の楽器店やいつも行っているリサイクルショップとは桁違いの物量。しかも、雑誌でしか見たことないような高価なギターやオールドギターが当たり前のように並んでいる。目の保養にはなったけれど、あまりのギターの多さに、思考回路がショートしそうになったのだ。

ニコライ堂の聖堂

 結局、必要だったギターのパーツ数点とミュージックマンのZIPPOライターを買って、数時間で御茶ノ水の楽器街から退散。神田方面を目指して、裏通りに入ると、ビルの間のわずかなスペースに設けられた喫煙所を見つけた。そこで、小雨に濡れながらタバコを吸って、ショートしそうになった頭をクールダウンする。
 一服ついたところで、周りを見回してみると、唐突な感じで大きな聖堂が目に飛び込んできた。このあたりにニコライ堂があることは知っていたけれど、にぎやかな楽器街から少し通りを入った場所にこんな建物があることに、東京という街の奥深さを感じた。

 わずか半日の東京散策だったが、普段は見られないギターをながめて、初めて行く街と人ごみの中を歩き、地下鉄に乗った。北海道のはずれの森のそばに住んでいるぼくにとっては、すべてが非日常なことばかりで、刺激的だった。
 以前は自然の中に行くことが旅だと感じていたけれど、今は都会の中を歩くことが旅である。
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| BEATな話題 | 19:44 | comments:8 | trackbacks:0 | TOP↑

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テレキャスターなのに、フライングV?

 近ごろでは「ギターが欲しい、欲しい」という病も、少しずつ治まりつつある。
 数年前に比べれば、エレキギターの購入本数もグッと減って、今年はたったの2本しか買っていない(でも、ウクレレ2本を加えれば、4本になるので、充分に多いかも・・・・)。
 まあ、エレキギターを再開した直後の2ヶ月に1本といったようなペースが異常だったわけで、今ではムラムラとくるシェイプのギターを目の前にしても、前よりは冷静でいられるようになった(と思う)。

 でも、時間があれば、雑誌やHPを見て「このギター、ええなあ」と、ムラムラしちゃうから、多少はおさまりはしても、この病が完治することはないだろう。
 今日も「プレイヤー」の最新号を見ていると、巻末の新製品紹介のコーナーで気になるギターを発見。RS Guitarworksの「TeeVee」というギターだ。

 フライングVのシェイプにテレキャスターのアッセンブリーが付いているというギターなのだが、これが実にかっこいい。色はバタースコッチ・ブロンドだが、意外にもVシェイプに似合う。
 価格がオープンプライスなので「いくらするんやろ」とネットを検索してみると、東京の「Bottom's Up Guitars」で販売されていた。

 なんと、価格は399.000円。さすがに買えないけれど、テレキャス好きならそそられる1本だと思いませんか?

 これ、どこかのメーカーでも作ってくれないかなあ。それほど本数の出るギターもでもないだろうけど、それなりの造りで4~5万円だったら考えちゃうなあ。


 ついでに、もう1本気になるギターを。
 ジャズマスターのシェイプのボディにテレキャスターのアッセンブリーを付けた「テレマスター」。この写真や、こちらのBBS(英語)を見ていると、すごくかっこよくって、これも大いにアリだと思う。
 「テレマスター」の場合は、どちらもフェンダー・シェイプなので、スクワイヤーあたりからでも販売できそうな気がする。うーん、手ごろな値段ででないかな、これ。

 「テレキャスターはボディのシェイプだけでなく、ピックガードやコントロールパネルなどのアッセンブリーもかっこいい!」というのが、今日の結論になるけれど、ちょっと変わったシェイプのテレもどきも欲しくなりました。うーん、病は続く・・・・。

| エレキギター、再び | 22:16 | comments:16 | trackbacks:0 | TOP↑

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ランニング中、頭をよぎる「Running On Empty」

 9月に入ったというのに、北海道でも暑さが続いている。
 本来、こちらではお盆が過ぎると秋の気配が濃厚になってくる。でも、今年は9月に入っても秋風どころか、蒸し暑い風が吹いている。
 どうやら、今年の夏は観測史上最高の猛暑になりそうだが、北海道のオホーツク海沿いにある街でも、記憶にない暑さが続いているのだ。

 そんな記録的な暑さの中、8月8日のエントリーにも書いたように走っていた。
 さすがに、あまりに暑い日は走らなかったし、ある程度年齢をとると調子にのって毎日のように走るのはひざ等の故障の原因にもなるらしいで、2日に一度のペースで1時間弱のランニングを続けた。

 SUUNTOの「t1c」に蓄積されたランニングのデータを見ると、8月に走った回数は19回で、時間は13時間ちょっと。6759キロカロリーを消費したことになっている。


 これまでより、余計にカロリーを消費しているのだから、少しは痩せてもいいはずなのだが、体重はわずかに1キロ減っただけ。うーん、暑かったからビールがたくさん飲んだせいかもしれないな。
 まあ、ダイエットが目的ではないし、食べたいものやお酒まで我慢するつもりはない。体重についてはそれほど気にしちゃいないけれど、この際お腹も少々へこませたい気もする。
 
 それよりも、意外だったのは「あれは苦痛だ」と思い込んでいた走ることが、何だか楽しくなってきたことだ。
 もちろん、何事も楽しくなくっちゃ続かないけれど、SUUNTOの「t1c」を買ってからは、今の心拍数を見ながら、自分のペースで無理のないランニングができるようになった。適度な心拍数で、走り続けるというのは気持ちの良い行為なのだ。
 いずれにせよ、トレーニングの成果を数値として確認できるのは、ちょっとした励みにもなる。最初は「走る時のおもちゃ」と思っていた「t1c」だが、今では手放せないランニングのパートナーである。

 前置きが長くなったけれど、いつもランニング中に頭に浮かぶのが、ジャクソン・ブラウンの「Running On Empty」だ。



 「走り続ける、何も考えないで走り続ける。走り続ける、何も見ないで走り続ける。何を探したいのか、よく分からないけれど、太陽に向かって走リ続ける」というサビの歌詞には若さゆえの疾走感がある。
 しかし、それに続く「でも、何かのうしろを追いかけているだけ」という最後のフレーズにジャクソン・ブラウンらしいナイーブな思慮深さを感じる。

B0000262U9Running on Empty
Jackson Browne
Warner Bros UK 2000-03-13

by G-Tools

 「Running on Empty」がオープニングを飾るこのアルバムは、ジャクソン・ブラウンの1977年の全米ツアー中に製作され、レコーディングはステージはもちろんのこと、ホテルの部屋、ツアーバスの中などでも行われた。
 移動しながら作られたせいか、このアルバムは旅の途中で聴くと気持ちがいい。ぼくは20代前半にバイクに乗って、日本中をふらついていた頃に、最もよく聴いた。 
 「特に行くあてはないけれど、ここにいるわけにもいかない。どこかに、自分の居るべき場所があるはずだ」と思いながら、あてもなくバイクで野宿を重ねていた頃の気分に「Running on Empty」はぴったりのアルバムだった。

 そして、あれから25年が過ぎた。あの旅の中で、偶然に住み込みで働くことになった街のはずれをランニングしている。生まれた場所から遠く離れたこの街に対して「ここが終の棲家だ」という確信はない。でも、ここには帰るべき場所がある。
 25年前の夏、バイクで放浪を続けていた頃には戻れないし、戻りたくもない。でも、ジャクソン・ブラウンの「Running on Empty」を聴くと、あの夏の気分を思い出す。 

| ロックの名盤 | 22:07 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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