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あれから25年

 ジョンが亡くなってから25年が経つ。今でもあの日の記憶は鮮烈に残っている。
 ぼくは高校三年生で、二階にある部屋で期末テストの勉強をしていると、母親が「あんたの好きなジョンなんとかが死んだらしいで。テレビで言うてるわ」と階段の下から声をかけてきた。たちの悪いジョーク、ありえない話だと思ったが、あわてて階段を下りると、確かに画面ではニュース速報のテロップが流れている。
 テレビを通じて次第に分かってくる状況。ロックなんてまともに聴いたことはないくせ訳知り顔で的外れのコメントをするワイドショーのキャスター。ジョンの追悼番組と称して「イエスタディ」を流すラジオ。すべてに腹が立った。
 ぼくは悲し過ぎてジョンの曲を聴く気にもならなかった。今なら「ロックスターらしい死」とも思えるが、家族が寝静まってから布団にくるまって一人で泣いた。他人の死であれだけ涙を流したことはない、今後もあんなことはないと思う。

 しかし、心の痛みは時間が解決してくれる。ぼくは二十代から三十代にかけて、ビートルズやジョンの曲をあまり聴かない時間を過ごした。十代の頃はロックンロールが先生だったが、バイクや旅、アウトドアでの遊びがそれに取って代わったのである。
 そして、再びジョンのことをよく思い出すようになったのは、子供が産まれて主夫として生活するようになってからだ。おむつを替えながら「子育て中の5年間、ジョンは何を考えていたのかな」と思ったし、ショーンにロックンローラーでもある自分の背中を見せたくて再起した時の気持ちも分かるようになった。
 ジョンが背中を後押ししてくれたので始められた主夫生活の中に、音楽は再び深く入り込むようになり、子供をあやしながら聞くビートルズはとても新鮮だった。

 ジョンがぼくに教えてくれたことは「愛と平和」の大切さではない。簡単に書くと「キミはキミらしく好きなように生きろ。そして、不良であれ」ということだ。あれから25年、ぼくはジョンより年上になってしまったけれど、彼の背中は大きくなるばかりだ。
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 最後にジョンに関する雑誌の紹介を。
 「SIGHT」の最新号の特集はアメリカの「ローリング・ストーン」誌が選ぶ「究極のロック100曲」。この中で「イマジン」が3位に選ばれている。曲は割と無難な線で選ばれ、翻訳された記事にも目新しいものは少ないが、20位までの曲に追加された渋谷陽一とピーター・バラカンのコメントが面白い。
 「イマジン」についてのコメントでは渋谷陽一は「他にもっといい曲がある」と言い切るが、ピーター・バラカンは「これは共産主義というか理想主義を唄った曲。詩の中の言葉がとっても好き。若い頃は誰でも理想主義的な考えをするけれど、年をとるにつれ妥協を覚えて、シニカルになっていく。ぼくは未だにこうだけど、最近はこれでいいんだと思うようになった」というようなことを言っている。
 どちらの意見にも納得できるけど、ピーター・バラカンの話は「それがロックンロールだよな」と思う。
 「SIGHT」には没後25年ということで、死の3日前にダコタアパートでおこなわれたインタビューも掲載されて、こちらもなかなか興味深い内容だ。

| ビートルズとその周辺 | 14:25 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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