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カーリングのストーンとローリングストーンズ

カーリングタン

 先日のエントリーで取り上げたトリノ五輪の女子カーリング。残念ながら予選突破はならず、メダルには手が届かなかった。しかし、カーリング発祥の地であるイギリスとカーリングが国民的スポーツのカナダに勝ったのは、ホントにすごいことだと思う。

 ぼくは「感動」とか「友情」という手あかにまみれた美しい言葉を使うのを、Blogでも仕事でも極力避けている。最近はほとんど使ったことがない。でも、予選の最終戦での小野寺選手のラストショット、試合後の選手たちのインタビューを見て、深夜に一人で涙した。つまり、感動してしまったのだ。
 仕事を通じて、彼女たちのインサイドストーリを多少なりとも知っていることもあるけれど、今回の彼女たちの活躍は、ぼくの心を揺り動かした。そして、インタビューでの小野寺選手の「ロシア戦など序盤の敗戦があったからこそ、後半戦で勝つことができた」という言葉は「これって、ロックだなあ」と思う。

 カーリングは互いを信頼しあってこそ成り立つスポーツである。スキップ(主将)の作戦を信じることができなければ、試合に勝つことはできない。また、選手全員が1人の投げるショットを信頼しなければ、ストーンは思い通りの場所には滑って行かない。高度な心理戦、精神戦が繰り広げられるカーリングだからこそ、互いをいかに信じあえるかが重要なポイントになるのだ。
 小野寺選手と林選手は、常呂町という小さな街に生まれ、中学時代からの同級生である。一緒に前回のソルトレイク五輪に出場したが、惨敗。その悔しさを胸によりカーリングに打ち込める環境を求めて、一緒に青森に移り住み、トリノ五輪を目指してきた。そして、今回のトリノ五輪はソルトレイクとは異なり、スキップとサードという重要なポジションでチームを引っ張ってきた。
 人口が5000人の街で生まれ、カーリングというマイナーなスポーツに打ち込んできた彼女たち。でも、トリノ五輪では世界の尻尾が見えたと思う。

 そこで思い出したのが、ローリングストーンズのミックとキースだ。彼らはロンドンから電車で40分ほど離れたダートフォードという街で生まれ、小学生の頃からの友人だった。そして、1961年10月にダートフォード駅でキースが、チェック・ベリーのLPレコードを抱えたミックに久しぶりに再会して、言葉を交わす。「ミック、おまえそんなの聴いているのか」。ストーンズがころがり始めた瞬間だ。

 幼馴染のミックとキースは音楽を通じて世界を見続けてきた。彼らが見てきた世界は、ぼくらが想像できないほど贅沢で美しく、同時にダーティーで退廃的なものだろう。いずれにせよ、ダートフォード駅で再会した時、ミックもキースも自分たちが60歳を過ぎても、ステージに立っているなんて想像もできなかったはずだ。

 昨日、ブラジルのコパカバーナのビーチで開かれたストーンズのフリーコンサートをPCで見た。最初はストリーミングで中継されたらしいが、今では曲ごとに再生できるようになっている。
 太っ腹なことに全曲を見ることができて、さらにある種の方法を使えば保存(詳しくはこちらのBBSの過去ログ参照。ぼくはダウンロードツールに「NetTransport」を使った)だってできちゃう。 
 ファイルを保存して、ツールを使って20曲を結合。一本にして、再生を始めると、まず150万とも200万ともいわれる人の波に圧倒された。とにかく、すごい人だ。おそらく、これってコンサートの動員数では世界記録ではないだろうか。

 今回のツアーの様子をじっくり見たのは初めてだけど、圧倒的な人の波を前に、ミックは張り切って、いつも多めに動き回る。年齢を考えると、その軽やかな動きは驚異的だ。病み上がりのチャーリーは思ったよりも元気そうで、タイトなリズムを刻み、アル中のロニーにも彼らしい明るさとポップな動きが戻ってきているではないか。
 さらに、Bステージへは祭りの神輿、岸和田のだんじり状態で移動し、ストーンズのコンサートという祝祭を盛り上げる。

 圧倒的な人の数とミックの動き、復調したチャーリーとロニー、Bステージへの移動。それらにごまかされそうになるけれど、ぼくが気になったのはキースだ。小さな画面とDVDほどクリアではない音という環境を差し引いても「なんだか、元気がないなあ」と感じたのだ。
 まず、動きが少ない。コンサート中に一度は歩くはずのステージ両脇の花道にも行かなかったし、決めのポーズも小さめ。どんなコンサート映像でも「キース、かっこええ!」と声を上げてしまう瞬間があるのに、今回は皆無。さらにギターの手数が少なく、フレーズの切れも悪いのではないか。
 ついでに、ミックの唄にキースがコーラスをつける曲もなかったと思う。やっぱり、ゴージャスなバックコーラスが目立っては、ストーンズらしくない。ミックの唄にキースがコーラスをつけてこそ、ストーンズだと思うのだけれど・・・・・。

 とにかく、コパカバーナのストーンズはミック・ジャガーとバックバンドという感じがした。ミックとキースが対等に存在してこそ、ストーンズのはず。少なくとも、フリーコンサートのミックとキースからは、トリノ五輪で小野寺選手と林選手が感じさせてくれたような幼馴染の同士の友情や信頼感が感じられなかった。
 キースの体調でも悪いんだろうか。それとも単に年齢のせいか。本来ならキースでも体験したことない大観衆を前にテンションが上がるはずなのに、あの元気のなさはとても気になる。

| ローリング・ストーンズ | 11:04 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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