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カーペンターズの心の闇

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 ぼくの洋楽初体験は「ビートルズだった」といくつかのエントリーで書いてきた。でも、正直に白状すると、ホントの洋楽初体験はカーペンターズである。
 カーペンターズは1972年、1974年、1976年と3度来日しているが、確か1974年の武道館でのコンサートはTV放送され、それを見て「うわー、きれいな唄だなあ」と、まだ小学生だったぼくは感激したのだ。
 それまで、野口五郎の「オレンジの雨」が大好きだった少年にとって、ロックはまだうるさい音楽で不良の聴くものだった。でも、カーペンターズの音楽は分かりやすかったし、メロディもきれいだった。
 しかし、レコードを買うほどのおこずかいはなく、AMラジオから流れてくるカーペンターズの唄に必死に耳を傾けた。英語の唄を意識的に聴こうと思ったのは、カーペンターズが初めてだった。

 そういえば、中学生の時、転校していく同級生の女の子から「イエスタデイ・ワンス・モア」のシングルレコードをもらったこともあった。
 ぼくはその女の子に、密かに好意を持っていた。でも、告白するまでには至らず、転校してもう会えなくなる日にカーペンターズのレコードをもらったことで「オレのこと、嫌いじゃなかったんだなあ」と分かって、うれしくも悲しいセンチメンタルな気持ちになった。だから、今でも不意に「イエスタデイ・ワンス・モア」を聴くと、胸がキュンとなる。

 ちょうど1週間前の金曜日、風呂上りにテレビをつけると、カーペンターズの特集番組が放送されていた。そして、ぼくは偶然つけたテレビの画面に心を奪われた。「カーペンターズ-スーパースターの栄光と孤独」と題されたNHKの番組では、数々の裏話と共に、彼らの悩みや心の闇の部分も描かれていて、清潔で無害だと思っていたカーペンターズの音楽に、意外にもホンネの発露や心の闇が潜んでいたことが分かったからだ。

 例えば「We've Only Just Begun」はもともと銀行のCMソングで、「Top of the World」はスパースターに登りつめた彼らが、プライベートジェットで世界をツアーできるようなったときの高揚感を表現した唄だったらしい。
 しかし、過酷なコンサートツアーや様々なプレッシャーから、兄のリチャードが睡眠薬依存症(「眠るために飲んだもので、コカインなどのドラックは使わなかった」とインタビューで言い切っていたところが、実に彼らしい)になり、1979年から約2年間の活動停止。
 その後に妹のカレンが摂食障害、拒食症になり1983年に32歳の若さで死去したことは、未だに記憶に新しい。

 生前にカレンがもっと気に入っていた曲は、1995年にテレビドラマの主題歌になり、日本でのカーペンターズのリバイバルブームのきっかけになった「I Need To Be In Love」(邦題は「青春の輝き」)だったいう。
 サビの歌詞は「私は恋をすべきなのかも、でも時間を無駄にしていた、不完全な世界で完璧を求めたしまったの」といったような意味で、ここに自分たちらしい音楽を真剣にクリエイトしながらも、普通の結婚と普通の暮らしを切望していたカレンのホンネがある。それゆえに、彼女はこの唄が好きだったのだろう。

 時に過酷で、ダーティーな部分もあるアメリカの音楽業界の中で生き抜いていくには、カーペンターズはあまりに繊細で清潔だった。そして、スパースターに君臨し続ける体力にも欠けていたのかもしれない。
 しかし、彼らの音楽は、今でもぼくの心を打つ。それは、音楽を真摯に考え、ロックにはない表現方法で、さりげなくホンネを唄っていたからだと思う。

| ロックの名盤 | 10:59 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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