2007.06.06 Wed
20年後の元春レディオショー
昨晩、久しぶりにFM放送を聴いた。
JBLのスピーカーから流れてくるのは佐野元春の声。今月は佐野元春がNHKFMの「サウンドストリート21」のマンスリーDJを担当するのだ。
佐野元春が「サウンドストリート」のDJのレギュラーだったのは、1981年4月から1987年3月まで。アルバムでいうと「Heart Beat」から「Cafe Bohemia」までの間となり、人気という面では佐野元春の全盛期とほぼ一致する。
この時期、ぼくはバイクで放浪を繰り返していた。だから、佐野元春の「サウンドストリート」を自宅で聴いた記憶がほとんどない。このラジオ番組に耳を傾けたのは、テントの中や宿泊先のベットの上、友達の家などで、ラジオやステレオではなく、FMが受信できるウォークマンで聴くことが多かった。
河原や砂浜に人目を避けるようにして張ったテントの中で、ぼくは孤独だったけれど、孤立はしてなかった。でも、耳に入れたイヤホンから流れてくる佐野元春が選んだステキなロックンロールは、乾いた砂に水が吸い込まれるように心に浸透していった。
あれから20年、ぼくは子どもが寝静まったあとの居間で、昔より声の少ししわがれた声の佐野元春のDJに耳を傾けた。
手には、あの頃と同じブラック・ニッカの水割り。しかし、ぼくが居るのは、薄暗いテントの中ではなく、おもちゃや絵本などモノにあふれた、子どものいる家のありふれた風景の中だ。
あの頃とはすべてが違うような気がする。でも、本質的には何も変わっていない気もする。
ロックという音楽は未だに魅力的で、ぼくは仕事の合間を見つけては昔のように毎日エレキギターを弾いている。確かなのは、20年の時間が流れて、20代の青年が40代のオヤジになったことくらいかもしれない。
番組の最後に流れた新曲「君が気高い孤独なら」は、20年後の「サウンドストリート」を聴きながら、お酒のせいでちょっと感傷的になったぼくの心にしみた曲だった。「気高い孤独」というフレーズ、「Sweet Soul,Blue Beat」というリフレインには、昔と変わらない浸透力がある。
佐野元春の新しいアルバム「COYOTE」は、前作「The Sun」と肩を並べる名作の予感がする。
JBLのスピーカーから流れてくるのは佐野元春の声。今月は佐野元春がNHKFMの「サウンドストリート21」のマンスリーDJを担当するのだ。
佐野元春が「サウンドストリート」のDJのレギュラーだったのは、1981年4月から1987年3月まで。アルバムでいうと「Heart Beat」から「Cafe Bohemia」までの間となり、人気という面では佐野元春の全盛期とほぼ一致する。
この時期、ぼくはバイクで放浪を繰り返していた。だから、佐野元春の「サウンドストリート」を自宅で聴いた記憶がほとんどない。このラジオ番組に耳を傾けたのは、テントの中や宿泊先のベットの上、友達の家などで、ラジオやステレオではなく、FMが受信できるウォークマンで聴くことが多かった。
河原や砂浜に人目を避けるようにして張ったテントの中で、ぼくは孤独だったけれど、孤立はしてなかった。でも、耳に入れたイヤホンから流れてくる佐野元春が選んだステキなロックンロールは、乾いた砂に水が吸い込まれるように心に浸透していった。
あれから20年、ぼくは子どもが寝静まったあとの居間で、昔より声の少ししわがれた声の佐野元春のDJに耳を傾けた。
手には、あの頃と同じブラック・ニッカの水割り。しかし、ぼくが居るのは、薄暗いテントの中ではなく、おもちゃや絵本などモノにあふれた、子どものいる家のありふれた風景の中だ。
あの頃とはすべてが違うような気がする。でも、本質的には何も変わっていない気もする。
ロックという音楽は未だに魅力的で、ぼくは仕事の合間を見つけては昔のように毎日エレキギターを弾いている。確かなのは、20年の時間が流れて、20代の青年が40代のオヤジになったことくらいかもしれない。
番組の最後に流れた新曲「君が気高い孤独なら」は、20年後の「サウンドストリート」を聴きながら、お酒のせいでちょっと感傷的になったぼくの心にしみた曲だった。「気高い孤独」というフレーズ、「Sweet Soul,Blue Beat」というリフレインには、昔と変わらない浸透力がある。
佐野元春の新しいアルバム「COYOTE」は、前作「The Sun」と肩を並べる名作の予感がする。
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| 佐野元春 | 11:15 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑















