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夏に聴きたくなる1枚 Vol.1 Hotel California

 このところ、エレキギター関係のちょいと長めのエントリーが続いたので、今回はこのブログの原点に戻って、名盤紹介を。
 ついでに、台風は来ているけれど、梅雨明けも近く、季節はいよいよ夏真っ盛りに近づく時期なので、ぼくが夏に聴きたくなるアルバムを何回かに分けて、紹介していきたいと思っている。 

 初回はイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」。
 あまりにもベタベタなチョイスなので、自分でもちょっと恥ずかしくなるけれど、これは未だに夏になると聴きたくなる1枚だ。

Hotel CaliforniaHotel California
Eagles


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 このアルバムがリリースされたのは1976年暮れのこと。この年、アメリカは建国200年に沸きかえり、様々なイベントがあった。イーグルスが狙ったわけではないだろうが「ホテル・カリフォルニア」は、アメリカ建国200周年の最後を締めくくるようなタイミングでリリースされた。

 しかし、実際に「ホテル・カリフォルニア」が爆発的にヒットしたのは、翌77年に入ってからだ。
 当時のぼくは中学3年生、ロックにめざめたばかりで、ビートルズに夢中だった。でも、少ないおこずかいの中から買えるレコードは、月に1枚のシングルレコードが精一杯だったので、ラジオにかじりついて、たまに流れるビートルズの曲を手当たり次第に録音した。今では、死語のエアチェックというやつである。
 そんな頃に、日本でも大ヒットした「ホテル・カリフォルニア」は、ラジオをかけていれば、嫌でも1日に数回は耳に入ってくる曲だった。

 この曲は「ホテル・カリフォルニアへようこそ、ここは美しい人のいる、美しい場所」というサビの歌詞から、日本ではカリフォルニア賛歌(本国アメリカでもそうだったのかもしれないけれど)のように受け取られたはずだ。
 そして、この頃に雑誌「POPEYE」が創刊し、誌面ではかっこよくって、夢のようなアメリカ西海岸の文化や風俗が盛んにが紹介されていた。日本における捻じ曲がった西海岸幻想の誕生である。

 街には「UCLA」とプリントされたTシャツが溢れ、公園ではフリスビーが飛び交った。ぼくの住んでいた大阪では「アメリカ村」というそのものズバリの名前の商店街が出現し、カリフォルニアとはまったく異なる蒸し暑さの中で、大阪の若者たちはアメリカの西海岸を夢みた。
 しかし「ホテル・カリフォルニア」は、単なるカリフォルニア賛歌ではなかった。むしろ「カリフォルニアに行けば、すべてがうまくいく」という幻想を無残にも打ち砕くような唄だったのである。

 この唄の半ばに印象深いフレーズがある。
 ホテル・カリフォルニアにチェックインした男が給仕に「ワインを持ってきてくれ」と頼む。すると彼は「ここでは、1969年からスピリットは切らしています」と答える。
 さらに、長いギターソロの直前の最後のフレーズでは、ホテルから逃げようとする男に夜番が「このホテルには、いつもでチェックインできますが、ここから二度と出ることはできません」と言い放つ。

 歌詞についてあれこれと解説するのは野暮なことは承知で、ぼくなりの解釈を書いてみると、イーグルスは「ラブ&ピースに代表される精神や魂は1969年に捨ててきてしまった。夢のカリフォルニアなんかありえない。ここでは怠惰な生活が死ぬまで、ただただ続くだけなんだ」というような行き場のない閉塞感を、この唄で表現したかったのだろう。
 そして、その閉塞感は、さらに重くなって、今でも続いているような気がする。

 イーグルスは「ホテル・カリフォルニア」の大ヒットにより、アメリカを代表するバンドになったが、次のアルバムの「ロング・ラン」をリリースした直後に解散する。そして、解散後のインタビューでグレン・フライは「オレたちは『ホテル・カリフォルニア』で言いたかったことを、すべて言い尽くしてしまったんだ」と述べている。


 今から十数年前、ぼくは高校生の頃にあこがれたロサンジェルスを初めて訪れた。巨大な空港に降り立ち、バスに乗って、ダウンタウンへと向かう。11月だというのに、日中はTシャツで過ごせるLAのサラリとした生暖かい空気は、どこか人工的で現実味に乏しかった。

 スモッグがかかった空がぼんやりとオレンジ色に染まる頃、ぼくはリトルトーキョーの中にある日本語が普通に通用するホテルにチェックインした。荷物をベットに放り投げ、ベットサイドのラジオをつけると、ヒューイ・ルイスのしわがれた声がフェードアウトして「ホテル・カリフォルニア」が流れてきた。あまりのタイミングの良さに、鳥肌がたった。
 そして「ホテル・カリフォルニア」のサビのフレーズを口ずさみながら、窓を開けると、遠くで乾いた銃声が聞こえた。ラジオからはあのギターソロが流れていた。その時、ぼくは「あっ、ホントにLAにやって来たんだな」と、ようやく実感した。
 「ホテル・カリフォルニア」の歌詞のホントの意味が分かったのは、この旅の後のことである。

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| ロックの名盤 | 22:50 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

この頃は
大学2年生でした。当時、私の中ではまだまだ
アメリカのROCKが元気だと思っていたのですが、
後年になってwoodstock69さんが書かれている
ようなエピソードを目にした時、とても複雑な
思いをした印象があります。

後から考えるとまさにその頃、私の全く感知して
いない所でパンクのうねりが生まれ始めセックス
・ピストルズの登場につながっていたんだという
事に気付きました。

でもホテル・カリフォルニア以降、私はパンクには
全く興味を持たず、FUNK、FUSION、AORなどを聴き、
PLAYするようになっていきました。


| Purple_Haze | 2007/07/15 22:20 | URL | ≫ EDIT

コレ大好きです。
初めて聴いたのはwoodstock69さんと同じ時期ですね。
私のアメリカかぶれ(笑)の要因になった曲で、
あわせてPOPEYEなどの雑誌に感化されて
カリフォルニアへの強い憧れを抱いておりました。笑。

スカッと晴れた日には妙に聴きたくなります。
今度ちゃんとコピーしてみようかな…笑。

| shoo-G | 2007/07/15 22:39 | URL | ≫ EDIT

ちょうど変わり目
Purple_Hazeさん、こんばんわ。
よく考えると「ホテル・カリフォルニア」ってのは、ロックの変わり目にリリースされたアルバムかもしれませんね。

これに前後して、パンク・ムーブメントがイギリスで爆発しましたが、同時に「サタディ・ナイト・フィーバー」なんてアルバムもバカ売れしていたわけで、なんでもありな状況だったような。
さらに、メガヒット・アルバムが連続して、ロックが完全に産業と化したのも、この時期かもしれません。
とすると「1969年からスピリットは切らしている」というのは、実に的を得たフレーズのような気がします。

ちなみ、ぼくはパンク直撃世代ですが、それほど夢中にはなれませんでした。
高校生の頃に好きだったのは、ディランやバンド、ニール・ヤングなどで、今思えば高校生らしくない趣味だったなあ。
それでも、ジャムやクラッシュあたりはよく聴きましたね。

| woodstock69 | 2007/07/16 00:04 | URL | ≫ EDIT

shoo-Gさん、こんばんわ。
9.11以降の世界では信じてもらえないでしょうが、ぼくたちが高校生の頃は「自由の国・アメリカ」だったですよね
本気でそれを信じていたし「POPEYE」で紹介されていたのも、底抜けに明るいカリフォルニアでした。

イーグルスってバンドは面白いバンドで、アルバムを重ねるごとに、ドンドン暗くなっていきます。
ファースト・アルバムでは「気楽いこうぜ!」なのに、最後の「ロング・ラン」なんかジャケットからして、真っ黒。
今となっては、2枚目くらいまでの明るさのほうが好ましいかも。

「ホテル・カリフォルニア」は高校生の時にコピーして、最近でも弾いています。
指使いがちょっと変態的で、弾いていて面白い曲ですね。

| woodstock69 | 2007/07/16 00:16 | URL | ≫ EDIT















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