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「Rubber Soul」 アイドルでもアーチストでもなかったビートルズ

Rubber SoulRubber Soul
The Beatles


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 「初期のビートルズ」といういい方がある。それがどこからどこまでを指すのかは人によって解釈の違いはあるだろうが、ぼくはアルバムでいうと「プリーズ・プリーズ・ミー」から「フォア・セール」までが「初期のビートルズ」だと思っている。

 今回レビューする「初期のビートルズ」ではない「ラバーソウル」はジャケットからして、これまでのものとは違う。もはやアイドルとしてのビートルズではないし、微妙にゆがんだジャケットに写ったメンバーの顔には微笑みがない。

 ぼくはリアルタイムでビートルズを聴いたわけではないから、あくまでも想像だが「ラバーソウル」の一曲目「ドライブ・マイ・カー」がスピーカーから流れてきた時、当時のファンたちはぶったまげたはずだ。
 R&Bやソウルのテイストを感じるポールの「ドライブ・マイ・カー」は、これまでのビートルズにはなかった曲調。まるで「これについてこられなかったら、置いていくぜ」と居直ったかのような曲だ。
 続く「ノルウェイの森」では左チャンネルからシタールの音が断続的に流れる。今でこそ、これはインドの民族楽器の音色と分かっているが、何の情報もない発売直後はとても不気味な音に聴こえたのではないだろうか。

 とりあえず、最初の二曲でこれまでとは違う方向性を示したビートルズ。あとはやりたい放題である。
 「ノーウエア・マン」ではジョンが見事なコーラスワークで自分の孤独な内面を描き、「ガール」では唄の途中のブレス(息継ぎ)さえもメロディーに同化させる。「イン・マイ・ライフ」はジョンが故郷のリバプールを振り返ったものだが、決して甘ったるくならないところが、さすが。ポールのラブソング「ミッシェル」だって、どこかハードボイルドな感じがする。
 ジョージも名曲「イフ・アイ・ニーデッド・サムワン」を残し、リンゴは「ホワット・ゴーズ・オン」で初めて曲の作者としてクレジットされた。

 ついでに忘れちゃいけないのは「ラバーソウル」に先行して発売されたシングルレコードの「デイトリッパー」と「恋を抱きしめよう(We Can Work It Out)」である。
 リフが印象的な「デイトリッパー」と「人生は短くて、友達と争っているヒマなんてない」と唄う「恋を抱きしめよう」は、なんと強力なカップリングのシングルレコードだったのだろうと思う。
 現在、この二曲は「パスト・マスターズVol.2」で聴くことができる。

 「ラバーソウル」を製作した1965年、ビートルズはまだアイドルでハードなツアー(日本に来たのは翌66年である)をこなしていた。しかし、「ラバーソウル」のビートルズは、もはやアイドルではない。自分たちの音に対して自覚的なアーチストに変化しつつあった。
 このアルバムが起爆剤となって、近頃評価の高い次作「リボルバー」、そして「サージェント・ペパーズ~」が発表されるのだが、それらのきっかけになった「ラバーソウル」が「実は一番すごいのではないか」と最近は感じている。
 抽象的な表現だが「ラバーソウル」の独特な音の肌触りは、これ以前のビートルズにもこれ以後のビートルズにもない。アイドルとアーチストの中間期に作られたからこそ「ラバーソウル」は生み出されたように感じるのだ。

 しかし、最も驚異的なのはビートルズがデビューからわずか三年で「ラバーソウル」を作り出したことだ。62年のデビューから全力疾走を続け、成長期にあった天才たちの一年は、普通の一年ではなかったのである。

| ビートルズとその周辺 | 11:38 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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