2009.05.07 Thu
私的な過去とともに、忌野清志郎を偲ぶ
ぼくはカレンダーとは関係のない仕事をしているので、GW中も〆切がジワリと迫ってきた仕事をポツポツとこなしてはいたけれど、どこかうわの空だった。
そして、夜になると上滑りな言葉で追悼をするニュースキャスターに背を向け、ブラックニッカを片手に、Youtubeでキヨシローの映像を探しては、PCのディスプレイをながめ続けた。
※この先は、キヨシロー関連の多くの映像が出てきます。よろしければ「続きを読む」をクリックしてください。
未だにエレキギターに関するメールを毎日のようにやりとりし、昨年のTHE・WHOのライブも一緒に見に行った幼なじみのO君がRCサクセションのライブ盤「ラプソディ」を買ってきたのだ。
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今ではDVDも付いた完全盤の「RHAPSODY NAKED」もリリースされているけど、当時のレコードに入ってのは、わずかに8曲だった。それでも濃縮された勢いのあるライブは素晴らしくて「日本にもこんなバンドがいたのか」と、ホントに驚いた。
当時のぼくはO君の家に入り浸っていて、暑い夏に2人でエレキギターをかき鳴らしては「ラプソディ」ばかりを聴いていた気がする。近所迷惑な話だが、あの夏は「ようこそ」で始まり「上を向いて歩こう」で終わった。
もちろん、日本にも村八分や外道など、過激なバンドがいることは知っていた。でも、彼らは少しアンダーグラウンドな感じがして、高校生には遠い存在だった。さらに、ストーンズともなれば、来日する気配すらない時代で、永遠に見果てぬバンドだと思い込んでいた。
その点、RCサクセションは高校生にも分かりやすく「ついに、ぼくらのバンドが現れた」という気がしたのだ。
今や日本のロックのスタンダートと化した「雨上がりの夜空に」も、このアルバムで初めて聴いた。車とセクシャルなイメージをかけあわせた歌詞は、当時はすごく斬新に聴こえたものだ。
この夏、ぼくはO君の家にいる時以外はアルバイトをして、50CCのバイクを手に入れた。
「雨上がりの夜空に」はキヨシローの愛車であったサニーが廃車になったことから歌詞が書かれたらしいが、ぼくは買ったばかりの原付バイクをぶっ飛ばしては、バイクを目の敵にしていた大阪のおまわりさんにキップを切られた。罰金を払うたびに「いいことばかりはありゃしない」の歌詞が心に染みたものだ。
エレキ化したRCサクセションが最初に出したシングルは「ステップ」(B面は上を向いて歩こう)だった。
ぼくはこの曲も大好きで、彼らは「ステップ」をピンクレディの冠番組(確か「ピンクレディーの百発百中」だったかな)で唄っていた記憶がある。それを探してみたのだが見つからず、代わりにこんなのがあった。
宇崎竜童がホストを務めていてた「ファイティング80's」という音楽番組(これにも毎回すごいメンツが登場していた。今から考えれば、実にすごい番組だった)に出演した時のライブで、画像は悪いが初期のRCサクセションの勢いがよく分かる1本だ。
ちなみにエレキ化する前のRCサクセションはこんな感じ。
曲は「三番目に大事なもの」。マッシュルームカットの若いキヨシローがキュートで、微笑ましい。
一応、フォークグループの体裁はとっているけれど、歌の内容はちっともフォークではない。彼らしいシニカルさは徐々に芽生えたものではななく、最初からあったのだ。
「ラプソディ」がヒットした直後には、リリース後すぐに廃盤になってしまった「シングルマン」が再発された。これもすぐにO君が買ってきて、彼の家でよく聴いた。
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「シングルマン」は「スローバラード」が収録されている名盤だが、ぼくは「ヒッピーに捧ぐ」が好きだ。
このアルバムをよく聴いたのは17歳の秋で「甲州街道は秋なのさ」を聴くと、未だにあの秋の空気感を思い出す。
さらに秋が深まる頃、RCサクセションはシングル「トランジスタ・ラジオ」をリリース。ぼくは18歳になった。
ラジオに関わる曲は数多くあるけれど、個人的にはこの曲と佐野元春の「悲しきレディオ」が双璧だと思っている。
この映像はおそらく箱根における野外ライブ。まさに青空にとけていくような「トランジスタ・ラジオ」が素晴らしい。
この曲から感じる甘酸っぱさは30年過ぎても変わらない。不変の名曲とはこのような曲のことをいうのだ。
同じ野外ライブからもう1曲。「ドカドカうるさいR&Rバンド」を。
昼間の光の下で見るRCサクセションというのも、ちょっと不思議な感じがするけれど、自虐的で毒のある歌詞が素晴らしい。
「子供だましのモンキービジネス」。これほどまでにロックンロールの本質をついた日本語の歌詞は他にないのではないか。
さらに、RCサクセションの進撃は続き、次のシングルは「サマーツアー」だった。
「夜のヒットスタジオ」に出演した時のもので、ガムをかみながら唄ったということで、テレビ局に苦情が殺到したといういわくつきの映像だ。
この映像、RCセクションが歌うシーンだけではなく「夜のヒットスタジオ」恒例の番組の最初に行われる歌のリレーや、司会者とのからみが収められていて、なかなか面白い。
「サマーツアー」の翌年にリリースされた「Oh! Baby」も思い出深い1曲だ。
当時、つきあっていた女の子がこの曲を大好きだった。
バイクでタンデムをしてデートの帰り道、家が近くなってくると、いつも彼女はこの曲を後ろのシートでくちづさんでいた。だから、この曲を聴くと背中で感じていた彼女のぬくもりを思い出す。
今聴いても、せつなくて美しい名曲だと思う。
キヨシローといえば「過激」や「反骨」といったキーワードが真っ先にあげられるけれど、唄の中に漂うせつなさも、実に魅力的だ。ぼくはセンチメンタルなキヨシローも大好きだし、意外にも彼の本質はせつなさの中にあるのではないかとも思っている。
キヨシローとの出会いから数年間を書いただけで、ずいぶんと長くなってしまった。
ふりかえるべき曲や思い出はまだまだあるけれど、そろそろこのエントリーを終わりにしたい。
でも、最後はこの曲で終わりたい。矢野顕子とのデュエットで「ひとつだけ」。
現実の世界では離れ離れになってしまったけれど、あなたのことは忘れないし、忘れられるわけがない。
そして、ぼくは頭の中でいつでもキヨシローのシャウトや歌声を呼び出せる。この数日間で、そう思えるようになった。だから、ぼくはもう大丈夫だ。
| BEATな話題 | 22:31 | comments:8 | trackbacks:0 | TOP↑










